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被災地の日本共産党地方議員ブログ

2011年3月17日 (木)

東日本大震災の被災地に思いをはせて(16)

東日本大震災の被災地に思いをはせて、被災地とその近隣地の日本共産党地方議員が作成しているホームページやブログにアクセスしてみました。南会津町 大竹幸一 町議のブログから転載します。

富岡町から1,000人   2011.3.16(水)曇のち雪

2011-03-16 19:26:24 | Weblog

 浜通りの富岡町から8,000人が移動し、そのうち4,000人が郡山市に移り、南会津町へは1,000人が入ったということです。南会津では区長会議が行われ、町民へ新品の毛布、新品のタオルかバスタオル、選択済みの上着・ズボンを17日と18日の朝9時から12時の間に公民館に持ってきてほしいというチラシが配布されました。

 議会は、一般質問は答弁書をもらうだけとし、その後、予算案の審議を終えて今日で終わりました。一般質問の答弁で不満な点を予算審議の中で訴えました。その1つは、TPPへの反対の姿勢を町のホームページで表明してはどうかと要望しました。また、国保税が高く、税の値下げをしないと滞納が増えるため、一般会計からくり入れて国保税の値下げをするよう訴えました。

 議会終了後、議長を本部長とする議会としての対策本部をつくり、とりあえず1人10,000円の義援金を出そうということになりました。このほか、地区の避難所などでボランティアをすることとなります。その他、すでにおにぎり作りなどの仕事をしている議員からの話では、選挙運動と誤解を受けるなど真意が伝わりにくい面もあるという声も聞かれました。また、ガソリンが不足のため車で物を運ぶという仕事もできず、ボランティアもむずかしい状況です。

 毎日、テレビでつらいニュースが放送されます。私も年のせいか涙ぐむことが多くなりました。でも、この歴史から目をはなさず、時間があれば地震のニュースを見ています。当面、父の初彼岸の準備をしなければなりませんが、それと並行して力仕事や汚れる仕事など人のいやがるボタンティアをしたい思っています。

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いわき市から86人避難   2011.3.15(火)晴

2011-03-15 20:14:46 | Weblog

 南会津町へいわき市から86人が避難してきました。いわき光洋高校へ避難していた人たちがバスで着き、そのうち、66人が高齢者センターへ避難し、20人は南会津病院へ入院したようです。さらに、11人が役場を訪ね宿泊する場所を求めたため、松ノ下公民館に避難しているようです。今後、さらにそのような避難者がふえると予想されています。

 議会の日程が変わりました。昨日、私が被害対策を出せる議会にしようと訴えたこともあってか、明日と明後日の一般質問は答弁書をもらって終わりとすると、議運で決めました。よって、明日、条例や予算案などの議案審議を行って閉会となります。この議会で任期が終わりとあって、最終日はアルコールをまじえての懇談会を行う予定でしたが、中止となりました。

 地震・津波・火災のうえに原発の被害と心配があります。共産党は原発に反対してきたため、やはり、正解だったと胸をはることができます。今の原発のウランの利用方法は、原爆の応用なので危険だ、炉心溶融はかならず起こると何度も指摘してきました。佐藤栄佐久知事は慎重路線をとったため、引きずり落とされたという話がありますが、佐藤雄平知事は原発を推進したので政治責任は重大と思います。 

JAにおいてはガソリン・灯油は午前中で売り切れとなり、明日の予定はわからないということです。油揚げもなくなり、父の春彼岸のいなり寿司もできません。東武鉄道も運休なので息子も姉も妹も来れないでしょう。新聞もガソリンがなくなり、配達ができないので明後日当たりから作らない、という話もあります。戦時中と同じ非常事態で、すごいことになりました。

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ホワイトディ  2011.3.14(月)晴

2011-03-14 20:44:02 | Weblog

 今日はホワイトディでしたがすっかり忘れてしまいました。朝、9時半頃に家を出て議会に行く際、お彼岸の準備のためJAに寄ったところ、ガソリンを入れる客で満員で車を駐車する場所をさがすに大変でした。ようやく車をおいて中に入っても満員の客でやっと議会に間に合いました。夕方も議会が長引きホワイトディの買い物をする余裕がありませんでした。

 私が仙台に行ったブログを見、土湯峠が通れるということを知って、福島市の息子へ支援に行ってきた、衣類を送りたいがどうしたらよいか、スキー場のホテルで疎開を受け入れてはどうか、などの貴重な意見をいただきました。午前中、誓願の趣旨説明のため本会議がありましたので、朗読の前に被災者へのお見舞いを述べ、衣類の件や疎開の件など救助を考える議会としてはどうかと提案しました。

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緊急時は消防団へ 2011.3.13(日)晴

2011-03-13 21:05:49 | Weblog

 午後1時頃、午後1時30分から役場で消防の部長の会議があるという防災無線があったため、私もオブザーバーとして参加させていただきました。(写真)会議は役場3階で田島地区の部長が集まって行われ、地震の通信規制により携帯や固定電話が通じないため、消防署への電話が通じないときは、各地区の消防団員へ連絡するようにということです。連絡を受ければ消防団員が無線で消防署などへ連絡するということです。

 私が担当者へ個人的に聞いたところでは、浜通りの被災地などからの要請については、まだそういう段階になっていないそうです。ただ、昨日、消防団長が相馬市へ行き、不足であるブルーシートやおにぎりを送ることになっています。おにぎりは昨日と今日が10,000個、明日は5,000個で、赤十字の方・JA職員・町職員などが小学校などの給食室で、懸命におにぎりを作っているということです。

 なお、ガソリンはJAに行ったところでは1人2,000円までとなっており、灯油は売れ切れということでした。今後、停電があるかもしれませんので、ローソク・懐中電灯・湯たんぽなどは在庫があるうちに買った方がよいでしょう。また、雪が降って山奥だが南会津は安心・安全なので、浜通りの人が南会津へ住んでもらうよう訴えて町作りをしてはとうか、という声も聞かれました。

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娘を救いに仙台へ  2011.3.12(土)晴

2011-03-12 09:04:09 | Weblog

 娘が仙台におり、近くの小学校に避難しています。火災が起きると困るので今から(朝9時)救出にいってきます。福島までは土湯まわりで行けるという情報ですが、そこから先はわかりません。

 今、午後10時30分ですが仙台から娘を連れて帰ってきました。朝、パソコンを閉じた後パンやお茶などを持って、9時30分に出発してから往復約500キロを13時間かけ妻と2人で行ってきました。福島市までは3時間で行きましたが、福島市の国道4号線に入ってからは予想通り渋滞し、そこから4時間かかって仙台につきました。避難している八本木小学校に行ったら、自宅ではないかというのでアパートに行ったら荷物の整理をしている娘と会いました。

 いっしょに行った妻が車の中で、昨夜から連絡がとれない家族に電話やメールを送り、みんなが無事であることも確認でき安心することが出来ました。電気がストップなのでコンビニはすべて閉店のため、持って行ったパンなどで食事をとることができ正解でした。

写真は娘のアパートの前方の様子で、太平洋側の石油コンビナートから火災が発生し黒煙があがり、ヘリコプターが救助に向かっています。また、目の前の民家のカワラ屋根が壊れている様子が撮影できました。仙台市内は電気・ガス・水がストップし、道路の信号もなく、人気のない、暗い町となっていました。

東日本大震災の被災地に思いをはせて(15)喜多方市 田中雅人 市議

東日本大震災の被災地に思いをはせて、被災地とその近隣地の日本共産党地方議員が作成しているホームページやブログにアクセスしてみました。喜多方市 田中雅人 市議のホームページから転載します。

避難所に伺う
<家も家族も流された・・・避難者と心通わせる>

 未曾有の大惨事となった東日本大震災、喜多方の避難所を訪問しました。地震・大津波・原発事故の3重苦に遭遇した被災者、小高町から避難された男性から話を聞く。「自分は高台に逃げて助かったが・・・地震の後、大津波で家が流され、妻と子どもも流された。そこに原発震災で避難指示、小高町は立ち入り禁止区域となり支援からとり残されてしまった。避難を余儀無くされたがこの先、生き延びても先が真っ暗だ」と目を潤めた。
 すさまじい現実をじかに聞く。家族も家もふるさとも失い憔悴する被災者の力になろう、と心にきめる。

 会津地区全体で1万人、そのうち喜多方市は2120名の避難者を受入れがはじまっている。
               (収容可能人員)
①・押切川公園体育館・780人→(3/16正午時点で80名弱の受入れ)
②・熱塩加納会館・・・290人
③・熱塩加納体育館・・450人(暖房準備必要)
④・塩川福祉センター・100人
⑤・山都体育館・・・・220人(暖房準備必要)
⑥・西羽賀体育館・・・280人(暖房準備必要)
<上記の6施設に①より順次受入れる予定>


巨大地震発生時の柱時計








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# by tanaka-masato | 2011-03-17 00:24 | 市民のくらし | Trackback | Comments(2)
M9.0の巨大地震・・・1201回目の記事
<M9.0に修正された東北関東大地震>
<ご心配いただきありがとうございます・・・こちらは大きな被害ではありません>

 阪神淡路大震災ではM7.3が記録されましたが、東北関東大地震はM9.0と修正されました。阪神淡路の1000倍の破壊エネルギーだといわれます。まさに未曾有の事態です。
 喜多方全体でも震度4から震度5強のバラツキがあり、被害に程度の差が出ています。中でもわが塩川町は震度5強で東京(震度5強)と同じだったようです。
 ライフ・ラインに影響がありガソリン不足で一昨日私も30分程並んで給油を受けました。

 福島原発の1号機に続き3号機の炉心溶融も心配です。たった今3号機で白い煙が上がった(水素爆発AM11時1分)とTV報道があり、現在20km圏内の600人に屋内への避難命令が出ました。
 TVでは風は南から北へ、と報じています。福島原発からおよそ真西に位置する喜多方市は直線で約90kmの距離です。

 
 巨大地震発生からそろそろ72時間目になります。一人暮らしの老人など、3日目と続く「常態化した強い余震」に相当な疲れ、ストレスを感じている現実があります。
 またいわき市在住の方が、家族みんなで実家である隣の集落に避難してきています。


蔵の上屋が1Mほど北側にずれて壊れたままのっかっています・下窪集落


※本日、会津地区の党と農民連は協力してトラック1台分の救援物資(コメ、毛布、フトンなど)を第一弾として被災地へ送りました。
# by tanaka-masato | 2011-03-14 12:35 | 市民のくらし | Trackback | Comments(8)
M8.8の巨大地震・・・東北を襲う
<3・11 ・当地の地震計による計測時刻午後2時49分>・・・とりあえずお知らせ
喜多方市本庁・5弱
熱塩加納町・・・4
塩川町・・・・・・・5強
山都町・・・・・・・4
高郷町・・・・・・・5弱

 ご心配いただきありがとうございます。昨日からこれまで災害状況を調査してきました。喜多方地方や会津地方はTV報道のような壊滅的な被害、甚大さには及んでいません。人的被害は喜多方地区では確認していません。その点では大丈夫です。
 周辺地区では塩川・堂島地区が5強で、比較的地盤が弱いと思われるところで灯篭や石塀の倒壊、蔵の漆喰壁のはく離、さらに蔵上屋の倒壊も見られました。また液状化現象の心配がありますが積雪のため確認できる状況にありません。

ライフ・ラインは壊れていませんが、携帯が使えず困りました。やはり本電話での連絡が先になりましたね。乗合バスは運行していますが鉄道・磐越西線は運休状態です。

 こうしてる間も強めの余震がつづいていて、「怖い」の声が飛び交っています。

※いま福島第一原発で「炉心熔融」が始ったと報道、「メルトダウン」というとんでもない事態、かつてない非常事態が起きています。風向きはどうなのかも含め心配です。
※党として被災者への救援物資(コメ、パンなどの食料、毛布、募金など)の取り組みも始りました・

塩川町・堂島地内その①

その②

その③




# by tanaka-masato | 2011-03-12 15:52 | 市民のくらし | Trackback | Comments(6)
市内の空家数・・・2390戸
 3月定例市議会は3/4~3/24の日程で開催されています。
 一般質問は3/7(月)~10(木)の予定で16名が登壇、明日が一般質問4日目となります。
 初日を傍聴すると、7番渡部議員が「空き家対策について」を質問、「市内の空き家数はH20年度で2390戸」と市から答弁がありました。
 五市町村の合併から5年、人口は4023名減少しています。そんな中での2390戸の空き家数です。
 市内の空き家をどう捉えるか、これからの「喜多方市のまちづくり」の大きなテーマになる、と私もみています。「空き家バンクの創設」など当然必要なことでしょう。

 市議選が告示される4月17日(投票24日)まで39日となりました。

融雪装置・高郷夏井地区
# by tanaka-masato | 2011-03-09 21:32 | 市民のくらし | Trackback | Comments(8)

東日本大震災の被災地に思いをはせて(14)会津若松市 斎藤もとお 市議

東日本大震災の被災地に思いをはせて、被災地とその近隣地の日本共産党地方議員が作成しているホームページやブログにアクセスしてみました。会津若松市 斎藤もとお 市議のホームページから転載します。

help RSS 放射線スクリーニングに大勢の避難者

<<   作成日時 : 2011/03/16 08:40   

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 東電福島第1原発事故により半径20?以内の住民に避難勧告、30?以内の住民に屋内退避勧告が出されている現状です。会津各地にも原発立地地域から多くの避難者が来ています。
 放射能の影響の調査とその洗い落とし(除染、スクリーニング)が、会津では会津若松市の会津大学1ヵ所で行われています。
 スクリーニングは当初、14日には県立会津総合病院で行われていたが、とても対応できる避難者の人数ではないため、昨日から場所を会津大学に移したものです。

 スクリーニング待ちが4時間、5時間にもなっているとの情報があったので、昨日夕方会津大学に様子を見に行き、受付の県職員に状況を聞きました。

 受付番号は400数十番代でしたが、それは代表者の番号とのことで、それぞれが複数で来ておられたので、全体の人数は多分2000に近かったのではないかと思います。

 受付の職員によれば、スクリーニングは夜中までかかるだろうとのことです。15日分の受付は終了させながら、16日分の受付が既に始まっていました。スクリーニングを終えた人とこれからの人を別にして避難所に入ってもらうとのことでした。

help RSS 大震災被災者受け入れ対応での配慮

<<   作成日時 : 2011/03/15 07:35   >>

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 3月11日午後2時46分に発生した巨大地震は、地震の規模が何度も訂正され、現在マグニチュード9.0と発表されている。震源は三陸沖、宮城県沖、福島県沖、茨城県沖が連動した想定を超えるものと言われ、その後も大きな余震が収まらない。
 巨大な津波は太平洋沿岸の町を破壊し、犠牲者の数も把握出来ないほど多くの人命を飲み込んだ。テレビを見ながら、大きな自然力の前で全く為す術のない人間の無力さを感じないわけにはいかなかった。
 加えて東電福島第1原発1号機、3号機の燃料棒冷却に失敗しての建屋の水素爆発、被災住民達の被曝という事態にまで至っている。しかも、3号機はプルサーマル発電! 共産党が繰り返し危険を指摘してきた「原子力発電の安全技術は確立していない」が現実のものになってしまった。

 原発立地地域からの避難者が会津若松市にも来ている。
 市では会津総合体育館、河東総合体育館を避難所に提供しているが、今回の災害復旧にはとてつもない時間が必要なことは明らかだ。当然、被災者の避難生活も長期に及ぶであろうことは言を待たない。その長期の不便な生活への配慮として、体育館のような場所ではなく、公営住宅の空き部屋、仮設住宅を建設しての対応などを、国・県・市は考えなければならない。

東日本大震災の被災地に思いをはせて(13)福島県 長谷部あつし 県議予定候補

東日本大震災の被災地に思いをはせて、被災地とその近隣地の日本共産党地方議員が作成しているホームページやブログにアクセスしてみました。福島県 長谷部あつし 県議予定候補のホームページから転載します。

ガソリン6時間待ち/小名浜港1号・2号埠頭

事情がよくわからないのですが、「きょうはあそこのガソリンスタンドで給油している」と聞いたので、とにもかくにも並びました。

大地震後、給油している数少ないスタンド前は必ず大行列で、それを見て給油しているスタンドを知るのでした。

きょうはたまたま並ぶ前に情報を得たので並んだのですが、けっきょく6時間待ち。あきらめかけたときにタンクローリー車が入る姿を見かけ、ラッキーというほかありません。おかげで、雑誌『経済』(新日本出版社)4月号の特集「安全・安心の社会基盤整備へ」の諸論考、「地域主権改革」批判の2人の専門家へのインタビュー、来年度国家予算案に関する論文を車中で読むことができました。

【いわき・ら・ら・ミュウ】

小名浜港の1号埠頭(いわき・ら・ら・ミュウ)・2号埠頭(アクアマリンふくしま)に寄ってみました。

【一号埠頭】

ここは津波直撃を受け、当日のテレビ放映や翌日の新聞でも写真報道されていました。1号埠頭には「なぜこんなものが陸上に?」と思わざるを得ないような船が打ち上げられ、ら・ら・ミュウの中の店舗は無残です。

片付けようにも片付けようのない現場に来ていたお店のかたは、「復興がいつになるやら、数年はかかりそうだ」とおっしゃっています。

【アクアマリンバス昇降口】

アクアマリン前のバス昇降場や駐車場、入口前の高速バス利用者専用駐車場、近接の福島臨海鉄道、1号・2号埠頭の間の倉庫前のコンテナ散乱や流された車など、津波被害はほんとうに甚大です。

【小名浜・高速バス利用者パーキング】

【小名浜・倉庫】

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配達中止/井戸水をトイレ用に/被災予防/安全神話

【永崎・大平川橋決壊】

【江名・江の浦】

けさの一般紙2紙の折り込みチラシは新聞店による配達中止のお知らせ。

社員・配達員の被災・避難、原発災害による健康被害防止、ガソリン枯渇が理由です。いますべての事業所、住民がこうした事態に直面しています。

近くの小学校に、津波で家を流された医療生協職員家族が避難してきている、と聞き、見舞いに行きました。私も2日前にまったく家がなくなっている現場をシカと目に焼きつけていた職員です。

いっしょに仕事をしていた人であり、家族全員がぶじで、ほんとうによかった!

妻の実家に寄り、畑用の井戸水をもらってきました。トイレ用です。とにかく水道復旧の見込みがなく、そのうえ原発震災で外に出ることは控えなければなりませんから、もうたいへんです。

【小名浜四倉線・沼の内】

それにしてもいわき市に住んでいる以上、少なくとも被災を軽減・予防する知恵を活かすためにも、今回の災害を後世に残さねば、という気持ちが先走るので、海岸沿いの平沼ノ内・豊間、江名・永崎と見てまわりました。

【波打つ小名浜四倉線・沼の内】

【平豊間兎渡路】

国際競争力だとか自己責任だとか、こうした事態のもとで言っていられますか? 住民の福祉こそ政治と行政の最優先の課題だ、ということこそはっきりしているのではないですか?

原発震災では、事業者から「事象はありましたが心配ありません」「安全です」「健全性は保たれています」と聞かされるばかり。政府も「事業者から問題ないと報告を受けています」。

何があっても安全だ、という「安全神話」が崩壊している事態に至っても、住民の福祉よりも神話に縛られているというほかないと思います。

大地震の日から5日間、水がないために風呂にも入れず、頭も洗えず、節水の極限です。

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放射能から身を守るには

原子炉から放射能が放出されてしまったら、私たち自身が自分で身を守らなければならなくなります。とくに子どもと妊婦(胎児)を放射線被ばくから最優先に保護しなければなりません。年齢が低くなればなるほど放射線被ばくの影響が大きくなるからです。

被ばくを軽減するための一般的な注意

放射能雲は、ガス状のものと1000分の1ミリ程度の超微粒子で成り立っています。超微粒子は触れるものすべてに付着するので、呼吸で吸い込んだ場合はすべて肺に残ると考えなければなりません。したがって、自分の住居が放射能雲の通路に当たると考えられる場合は、緊急避難が必要な場合も、そうでない場合も、次の措置が肝要です。

①窓を閉め、すき間を目張りして家屋を気密にする。ビルなどの空調は止める。日本様式の家屋は気密性が悪いので、その場合はできるだけ気密のよい家屋に避難させてもらう。

②市役所が保管しているヨウ素剤を指示に従って服用する。

③放射能雲に巻き込まれている間とその後しばらくは、屋内でも何枚も重ねた濡れタオルをマスクにして、直接空気を吸わないようにする。また、できるだけ家屋の奥、つまり外部とひとつでも多くの壁で隔てられているような場所がよい。2階よりも1階、1階よりも地下室があればもっとよい。窓のそばに長くいるのは禁物である。

④ありとあらゆる容器に飲料水をためる。風呂桶を洗って水で満タンにする。すべてにフタをきちんとする。これらは当座の飲料水である。保存食をできるだけ確保する。

⑤放射能雲に巻き込まれている間は外出を控える。もしどうしても外出する必要が生じたときは、帰宅後、衣服を着替え、脱いだものは屋外に廃棄する。

⑥放射能雲が到着したあとは、井戸水はもちろん水道水も飲まないほうがよい。

⑦雨や雪が降っている場合は特別な注意が必要である。浮遊している放射能超微粒子は雨や雪に付きやすく、雨粒や雪には上空から地上までの広い範囲の放射能が濃縮されているからである。雪が積もった場合は、それがとけるまで放射能はそのままの状態で固定されているが、雨の場合も雪の場合も、降らない場合にくらべて数十倍も地面汚染が強いと考えておかなければならない。衣服についた雪は払うこと、水たまりには近づかないことなどの注意が必要である。

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津波情報/避難場所/錯綜/久之浜/現時点

【薄磯・堤防決壊】

【豊間塩場の墓地】

【豊間保育所】

2日前に路上から小名浜生協病院に案内したかたの自宅を見舞いました。

点滴で体調は回復してよかったのですが、ちょうどこの時間、余震もあり、津波の危険もあるという情報で、市内のお子さんのお宅へ身を寄せるつもり、とのこと。海から200mちょっとの距離のお宅ですが、大地震当日は床下までの浸水だったそうです。

ともかく、津波情報で高台への避難を消防が広報していたので、避難場所の小学校へ寄ると、テレビでは、福島第一原発3号機の建屋爆発の様子の映像。

そして地元地域のみなさんが自家用車や徒歩で次つぎと高台のこの小学校に避難されてきました。

その後、日用品の買い物をしようとホームセンターに行くと、「原発で臨界爆発があったので店を閉めます」と。

津波情報源は、消防庁だったり、警察だったり、自衛隊だったりのようですが、気象庁はその観測事実はない、と言うし、原発情報も水素爆発が臨界爆発になってしまったり、非常時のもとでの情報錯綜を目の当たりにしました。

【久ノ浜第一幼稚園】

【久ノ浜南町】

午後はいわき市北部の久之浜地域、四倉北部の被災状況を見てまわりました。久之浜地域は、原発の状況から、市が住民に自主避難を促していることもあり、津波被害がもっとも大きかった地域に入ることはできませんでしたが、海岸近くなだけに甚大です。

【四倉・蟹洗温泉】

家を流されてしまったかたがたの住居、食料はもとより、水道復旧の見込みがないなかでの水の確保や、車がなければ移動できなくなってしまっているのにガソリンがないことは全市民に関わり、原発震災では市外からの避難者も多くあり、そのうえ正確な情報が避難者・市民が共有できていない現実、なにか手助けしたいと思っているかたがたが何をしたらいいのかわからない状況が現時点です。

【小名浜一小避難】

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断水/豊間と薄磯は壊滅/堤防決壊/教訓

【薄磯】

【薄磯・塩屋崎灯台】

大地震直後からいわき市全域で断水です。復旧時期はいまのところ不明。

介護施設責任者の妻が給水のための時間をとれるはずもなく、当然、私がわが家の水確保担当者で、きのう・きょうと給水場所に並んだものの、なくなってしまったのでした。

きょうの夕刻はいわき市水道局前で1時間ばかり待ち、やっと数日分の確保。なおかつ、水を確保しやすい条件にあった友人がゆずってくれ、大助かりです。

トイレ用には近くの川に往復して確保しました。

【豊間・堤防決壊】

高橋市議と海岸に近い平の豊間(とよま)・薄磯(うすいそ)地域に入りました。

絶句です。壊滅、全滅です。

【豊間・塩場】

積み増しした堤防が決壊した現場では、地元のかたが「強く要望して積み増ししてもらったが、なぜ最初からちゃんとしてもらえなかったのか。行政は住民の立場に立ってほしい」と訴えられました。

【豊間・塩場】

ともかく、津波の想像を超える力にはあ然なのですが、政治と行政はこの教訓を真剣に受け止めなければなりません。

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実家のぶじ/四倉/目の前を津波/「病院に行きたい」

【仁井田川畔】

早朝、海岸から数百メートルしかないところに住む、妻の実家や親族宅へ。 あの津波の様子を報道でみて、連絡もできず、気が気でなく、避難所の中学校に身を寄せているだろうと思いつつ、それぞれの自宅の様子を見に行くと、みんながそれぞれの自宅でぶじでした。 海岸にいちばん近い家では、前の道の10メートル先まで海水が届いた様子。ともかく、距離的にも近いのに、連絡がとれない不安は解消。 小名浜生協病院へ寄り、みなさんのぶじと病院機能の維持確認。

【四倉6号線沿い】

四倉へ行くと、商店街メイン道路まで津波が押し寄せた様子。道路の東側が海側ですが、西側の商店店内も水浸しでした。四倉支所前もモノが押し流されてきた様子。 さらに海側の国道6号線は、津波が運んだ砂がかぶり、国道沿いの家には津波に流された車。

【四倉 道の駅】

役員を務めている社会福祉法人の特別養護老人ホーム・楽寿荘は難を逃れました。海岸は数十メートル先なので心配でしたが、ちょっとした高台でよかったです。 津波の波しぶきが目の前で跳ね上がる恐怖を施設長が語ってくれました。

【小名川ポンプ場近く】

再度、小名浜へ行くと、津波に襲われたようすがありあり。 足をふらつかせているだんなさんの手を引く高齢ご夫妻とばったり。「病院に連れて行ってほしい」と。さっそく生協病院に案内しました。

東日本大震災の被災地に思いをはせて(12)福島県 藤川しゅく子 県議

東日本大震災の被災地に思いをはせて、被災地とその近隣地の日本共産党地方議員が作成しているホームページやブログにアクセスしてみました。福島県 藤川しゅく子 県議のホームページから転載します。

県議会の災害対策本部設置・・・県災害対策本部、党災害対策本部と連携し

14日に、県議会災害対策本部が設置されました。

県災害対策本部および各政党の災害対策本部と連携し活動を展開中です。

党災害対策本部はニュースを発行しています。

避難所情報をお知らせしたり、身近な住民の困りごと対応にあたっています。

避難所の保健師配置や、支援物資運送業者のガソリン確保など、寄せられた要望を災害対策本部につないでいます。

ガソリン不足は深刻で、支援物資運搬に支障が出ています。避難者の車がガス欠で身動きできない状況もでています。

一日も早いガソリンの供給が求められます。

市内各地の避難所は満員状態で、灯油も十分ではなく今夜も厳しい状況が予想されます。(写真は赤旗より)

そんな中、住民の困難に心寄せ頑張っている行政職員の姿があります。

マスコミの皆さんも、ほとんど寝てない状態で、福島の状況を全国に発信し続けています。

私たち議員も地元と連携しながら頑張っていますので、身体に気をつけて支援活動にあたりましょう。

FAXニュースも発行しています。

カテゴリー: 日々の活動 タグ:

県議会繰り上げ閉会・原発災害の申し入れ

14日に県議会が閉会しました。

地震災害対策のため、予定されていた総括質疑や討論を中止し、本会議を開き議案採決を行いました。

議場は被災し危険で入れないため、庁舎の大会議場で議会を開きました。

みな作業着姿でした。

原発の水蒸気爆発をうけ、知事は、東電に対し強く強く要請する、と声を大にして述べました。

日本共産党は、原発が津波に弱い構造になっていることを、以前から指摘し、改善を求めてきた経過があります。

しかし、改善されることなくプルサーマル実施に踏み切ったのは知事です。

そのプルサーマル実施炉も爆発しています。

県政の責任も問われます。

危険な原発は廃炉にし、安全な再生可能エネルギーに切り替える、政府の大きな政策が必要です。

控室が被災し委員会室で執務をとりました。

本庁舎内は、あちこち壊れています。

福島第一原発の2号機は、格納庫が損傷する重大事態を迎えていることから、住民に対するヨウ素剤配布などについて緊急要請を2回にわたりおこないました。

自衛隊や内閣府職員なども入り、大混雑している災害本部に神山県議とともに要請しました。

2号機の格納庫損傷で大量の放射性物質が拡散されるとなれば、住民に放射線に対する正しい知識が必要です。

放射線医療の公的専門機関である、放射線医学総合研究所(広島・千葉)の専門家の助言を受け、マスコミを通じ県民へ情報提供することを提案しました。

また、大量の放射線を浴びた場合、子ども達や妊婦にはヨウ素剤投与も検討する必要があります。

ヨウ素剤の配備状況確認と配布体制を求めました。

マスコミにも情報提供しました。

なかなか具体化が進まないので、深夜1時に再度、同様の要請を行いました。

原子炉の格納庫が損傷する(爆発も含む)事故は、日本人が経験したことのない重大事態です。

放射線の影響を少しでも軽減させるためには、科学的知見にもとづいた対策が必要です。

同時に、放射線に対する正しい知識の広報も必要です。

原発行政に警鐘をならしてきた私達だから、現時点におけるよりベターな(残念ながら、ベスト策はない)対策を提案してまいりたいと思います。

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大地震災害対策にあたっています・・・がんばろう福島

やっとネッとが回復しました。

東北関東大地震が発生し、私は当日から災害対策にあたっています。

11日に地震が発生した時は県庁で仕事中でした。

大きな揺れに控室はめちゃめちゃになりました。

何もはおらず県庁を脱出し、紅葉山公園に避難しました。

雪が降ってきて寒いのと、何度も来る大きな余震に恐怖を感じました。

携帯が不通で、家族の安否も不明でしたが、県の災害対策本部の情報をもとに、党の災害対策本部を立ち上げました。

県庁が壊れたので、県の災害対策本部は自治会館におかれました。

災害対応の県庁職員は自宅に帰らないで任務に就きました。

県内の情報収集と情報の共有がなされました。

非常時は、行政と住民の協力が大切です。

私たち議員も超党派で災害対策にあたります。

12日は、朝6時半から市内各地の避難所に出かけ、要望を聞き、市の災害対策本部に住民の声を届けました。

また、災害対策本部の情報も各避難所に伝え喜ばれました。

避難所は学習センターや学校です。職員も不眠不休で頑張っています。

原発爆発で、双葉町や浪江町などから数百人規模の住民が避難してきており、対応に追われています。

避難所も被災しています。

学習センターの図書室です。

本が散乱していますが、避難者への対応で片付ける時間はありません。

赤ちゃんや高齢者、障害者もいるので、保健師の配置を市に求め具体化されました。

避難所からは、灯油や発電機用のガソリンの要望もだされ、本部に伝え対応しました。

原発の炉心溶融では、大量の放射性物質が漏れ、住民が汚染されていますので、ガイガーカウンター検査と早期のヨウ素剤投与が必要です。

国会議員に連絡をとり、内閣官房にヨウ素剤の手配を要請しました。

枝野官房長官はヨウ素剤の手配を約束してくれました。

紙ともこ参議院議員と、大門みきし参議院議員とともに、県知事に対し、ヨウ素剤配備について伝え避難民への対応を求めました。

原発立地町の住民を受け入れている福島市も断水です。

給水車に長い列ができ、2~5時間も待たなければなりません。

でも、苦情を言う人はありません。

みんなが大変なのだから、お互いに助け合おうという気風が高まっています。

行政に連携し、災害支援ボランティアセンターを立ち上げることとしました。

未曾有の災害です。

みんなの知恵と勇気でこの災害を乗り切るためには、民間と行政の連携・共同行動が大切です。

みなさん、頑張りましょう。

東日本大震災の被災地に思いをはせて(11)福島県 宮川えみこ 県議

東日本大震災の被災地に思いをはせて、被災地とその近隣地の日本共産党地方議員が作成しているホームページやブログにアクセスしてみました。福島県 宮川えみこ 県議のホームページから転載します。

不足しているのはガソリンです、被災地に急いでガソリンを

2011 年 3 月 16 日 emiko.m コメント 2 件

16日、皆さんからの要望で多いのは、車のガソリンです。人工透析に行くのにガソリンがない、水が出ないので水を汲みに行くのにガソリンがない、買い物に行くのにガソリンがないといいます。緊急の時はできるだけのことをしていますが、ガソリンがないと本当に困ります。今日はガソリンのようすを見ながら勿来支所の災害対策本部に行ってきました。市長から要請のあった家庭用常備薬を持っていきました。

いわき市も被害が大きいですが、福島県も北部、そして宮城県、岩手県と被害が大きいところに大至急ガソリンを届けるために全力を尽くしてください。

写真は、支援物資が入ってきている勿来支所災害対策本部。

写真は、待機している消防自動車と救急車。

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「人工透析の対応相談」など・新聞は16日から完全ストップ

16日、今日から新聞は、赤旗新聞・一般新聞すべてストップです。情報はテレビです。インターネットはまだ大丈夫です。電話も今のところ通じます。

「人工透析ができなくなった」、「ガソリンがなくて透析にいけない」などの相談が相次ぎました。情報を提供しながら、透析に行くときは滞在できるように避難対応体制ができるようにしていくようにアドバイスしました。

写真は、相次ぐ電話。

写真は、昨日までの新聞。

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原発震災・祈るような思いです・・

2011 年 3 月 15 日 emiko.m コメント 2 件

15日、いわき市の北の一部が屋内避難指示になりました。勿来地域はいわきの南端にありますので今のところは対象外です。これ以上の深刻な事態になったらと思うと・・祈るような気持ちです。どんな震災にも負けないとここ数日がんばってきましたが、原発震災は防ぎようがありません。「共産党の言うとおりになってしまった」と、次々に怒りと行政に対する非難と悲痛な声です。でも最善を尽くすことでがんばっている皆さんに期待したいと思います。

写真は、断水対策のため水を汲みました。

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「私はこうして原発から逃げてきました」と、避難所で聞きました

 14日、原発で仕事中に地震にあって逃げてきたという関連企業のトップクラスの人(SV)に避難所で出会いました。〇この方は、地震のとき第二原発4号機で働いていました、仕事が終わり東電社員の方のチエックを受けようとしていた時、きひどい揺れに見舞われ変圧器にスプリンクラーが働いてみんな外に出た。上から携帯に直ぐもどれと指示があり、走って郊外に出た。その時南と北の土手が崩れ砂埃が上がった。坂の上の事務所にたどり着いたら発電所の入り口を越えて駐車場の車が一斉に流れた、このとき東電の社員は運転のために残った

〇(第一原発の1・2・3と次々と)津波で冷却用モーター動かない、非常用のモーターも動かない要因をどう見るかの問いに対し、第二原発の方が第一原発よりレベルが高い、水準が高い、だから第二は問題が出ないとではといいます。第二原発は関連会社との連携もいい、仕事しやすい、動きも早い、指導も良くできるといいます。〇避難場所に集合して、安否確認をして、自分の車で勿来に向かった。6号国道を避けて36号線を南に逃げて来たといいます。

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原発からの避難の人も・「雇用促進住宅に入りたい」など避難所要望聞き取り

14日、今日は朝から各避難所を訪問しました。食べ物・飲み物・寒さ対策・情報など要望がたくさんありました。原発からの避難の方も目立ちました。いわき市北部の久ノ浜はバス30台で内郷などに避難しました。その他の方では自主避難したかたもいました。中には、地震の時原発で働いて逃げてきた人の話も聞きました。市の職員の方も消防の方も不眠不休でがんばってくれています。

雇用促進住宅に入りたいという要望が多くあったので、市対策本部・県・共産党国会議員にも要請しました。勿来には空いている雇用促進住宅がたくさんあります。

写真は、避難所で要望を聞いているところ。

写真は、通学路に落ちてきた岩。

写真は、かわらの修理・各所で。

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大地震3日目・勿来地区被害状況 / 小浜・詳細写真

2011 年 3 月 14 日 admin コメントはありません

【倒壊した小浜の家屋】

【倒壊した小浜の家屋】

【家が流失した小浜渚地区】

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大地震3日目・勿来地区の被害状況 / 岩間・詳細写真

2011 年 3 月 14 日 admin コメントはありません

【常磐共同火力先の水田】

破壊された堤防

【壊滅的な状況の岩間地区】

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大地震3日目・勿来地区の被害状況 / 根小屋・詳細写真

2011 年 3 月 14 日 admin コメントはありません

【根小屋植田中学校脇】

【根小屋植田中学校脇 橋】

【根小屋市道】

【根小屋植田中学校南側の道路】

【根小屋・金成宅付近】

【根小屋・大津宅付近】

【根小屋・大津宅付近】

【根小屋・ユタカ商事前】

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大地震3日目・勿来地区の被害状況 / 佐糠・詳細写真

2011 年 3 月 14 日 admin コメントはありません

【佐糠・常磐共同火力脇】

【佐糠・常磐共同火力脇】

【佐糠・上州屋前の県道をふさいだ車】

【佐糠・乗り上げた自動車】

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大地震3日目・九面漁港・錦須加・役所交渉

2011 年 3 月 13 日 emiko.m コメント 2 件

写真上は、漁協組合長さんと役所交渉

13日、今日は 漁協組合長さんと役所と交渉海岸に沿って南下しながら錦須加と九面漁港を訪問しました。九面漁港では、水も食料もなく、また、船が沈んでいるのを引き上げるためのガソリンもありません。このことで市役所交渉を漁協組合長と行いました。水・食料はOKになりましたが、ガソリンはやっぱりありませんでした。錦須加は亡くなった人は1人でしたが、集落はすっかり破壊されてしまいました。かたずけをしていた人が①雇用促進住宅に入りたい②行き来の橋の補修③まだ避難所に食料などが届いていないなどの要望があり役所交渉を。勿来支所に今日は3回も行きました。夕方は、避難所の汐見小学校を訪問しました。

水道が使えないところが多く、宮川事務所に汲みに来る方も多いです。中には子どもが小さくて本当に困っていたという方も。夜はすっかりダウン。

写真は、上は九面漁港で湾内に船が多数沈んでいるところ

写真上は、漁業共同組合と市場が破壊され無線も使えない、活魚入れも流されたと。

写真上は、やっ来た給水車に皆さんが水をもらいに

写真下は、九面地域の勿来海水浴場脇の民宿

写真下からは、錦須加の状況・ここも壊滅的です

写真下は、宮川事務所で水が出ますと・・

写真下は、すっかりくたびれて・・・

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大地震第一日目・議会を終わって福島市からやっと帰る

福島市から、2時の高速バスで帰る途中常磐高速道路上の小野町近くで大地震に遭遇。高速道路陥没のため国道49号に出るがここは大丈夫だった。平の好間からは山道を通って勿来の宮川事務所に向かう。途中は信号はところどころだめ・道路はあちこち亀裂・水道管は破裂・ブロックが倒れている・電線らしきものがぶら下がっている・2倍の時間がかかったが何とかたどり着いた。断水・停電の地域は多い。自宅は電気は来ていたが水道がだめ。息子は2時間かけて歩いて帰ってきた。平に勤めている弟は近所のビルが倒壊したとのこと。スーパーマルトは閉店。セブンイレブンは水・食べ物売り切れ。夜10時ころ家が半壊して入れないという相談の電話があり災害対策本部に相談した。ガソリンは山田の方に行って入れた。水はやはり山の方の自動販売機で多く買った。道路の真ん中で水道管が破裂していた。そこに水を汲みに来ていた人もいた。原発の安全を祈るばかりです。

写真は、家の前の道路から吹き上がる水、ここに断水になった人が水を汲みにきた

東日本大震災の被災地に思いをはせて(10)福島県 神山悦子 県議

東日本大震災の被災地に思いをはせて、被災地とその近隣地の日本共産党地方議員が作成しているホームページやブログにアクセスしてみました。福島県 神山悦子 県議のホームページから転載します。

県議会の日程を2日短縮し、きょう閉会                                                                                                                県へ原発震災への第4次要望を申し入れ

2011 年 3 月 14 日 e-kamiyama コメント 2 件

14日、本来なら県議会の総括審査会をきょうから2日間開く予定でしたが、11日の地震災害・原発災害発生を受けて中止しました。議場は、天井ガラス板が落下。私の議席はコンクリート破片などで真っ白でした。

 16日が閉会の予定でしたが、今日14日中に採決・閉会とすることで合意し、結局最終本会議は夜7時30分から開催し、8時過ぎに閉会となりました。

 その合間をみて、断続的な地震の揺れの中で、めちゃめちゃになった控室の片付けをしたり(この部屋も危険なので別の部屋へ引越しすることに)、県災害対策本部へ申し入れをしたり夜8時半まで県庁内にいました。

 ところで、県議会の災害対策本部(議長が本部長)を設置することを本会議で決定し、その第一回目の会議を本会議終了後に開催。共産党からは私が委員となりました。

 議長は最初設置後の委員選定と顔合わせと考えていたようですが、ガソリン不足や避難所不足など緊急に対応すべきことがあると自民党から意見が出ましたし、私も、それに加えて原発の被曝者避難民への対応も早急にすべきと提案。これらの意見を議長から緊急に県へ申し入れすることで一致しました。

 それにしても、きょうも、東電の福島原発は次々と炉心溶融をおこし、海水で冷やすも結局ダメで、完全に制御は難しい状態になっています。

 そして、恐れていたプルトニウムを含むMOX燃料を入れた第一原発3号機が、きょうついに爆発。第二原発も危ない状態です。一方、原町共同火発も重油タンクが爆発しました。【報道する福島民報・民友の2紙】

 現実に今、原発震災の実態をみて、「原発問題は、まさに共産党が言っていたいうとおりになった」と各方面から率直な感想が寄せられています。

 きょうは、ある週刊誌の記者から電話をいただき、07年に東電へ申し入れた原発震災対策を求めた県議団のHPの文書をみたが、今現実に起きている事態への的確な指摘だったといわれ、コメントも求められました。

 また、県議会の会議の合間をぬって、共産党県議団と県委員会の連盟で、藤川県議と一緒に県へ第4次の申し入れを行ない、県生活環境部の荒竹次長が応対しました。

 緊急車両などを含め、県民もガソリン不足は深刻で、国へ直ちに対策をとるよう要請することや、被災地に取り残されている障がい者、病人、高齢者など災害弱者を緊急に救出すること。避難民の受け入れは余裕が亡くなっていることから、雇用促進住宅の活用など公営住宅の開放をすること。

 原発地域からの避難者への対応については、ヨウ素剤の配布をすでに申し入れたが実際に配布されていないことから急ぐよう求め、スクリーニングする機材や体制の確保なども求めました。

  本会議場が使用できず、本庁舎5階の正庁で2月県議会最終本会議が行なわれました。(14日夜7時半~8時10分)

写真は、提案された88議案のうち、東港建設、やまの道林道建設(旧緑資源)のムダ遣いや職員350人削減などの11年度予算案・2月補正予算案と、各種手数料・使用料値上げ8議案、県の建設事業へ市町村負担を求める議案など23議案に反対し、採決で着席する党県議団。意見書7件は、全会派一致で採択。人事案件2件は、いずれも再任のため反対。

カテゴリー: 県政・県議会 タグ:

党県議団と県委員会が、東日本大震災で知事へ要望申し入れ                                               県議会は、総括審査を中止し16日に閉会

2011 年 3 月 13 日 e-kamiyama コメント 1 件

 12日は党県議団と県委員会で、13日は大門実紀史参院議員も加わり、相次いで知事へ大震災の要望申し入れを行ないました。共産党県委員会は11日夜に震災対策本部を設置し、情報収集を行なってそれをふまえての要望です。

 私自身は、郡山だったので、申し入れには同行できませんでしたが、震災発生翌日の12日の申し入れでは、特に原発めぐる最悪の事態への対策、避難県民やライフラインの復旧、物資の提供など5項目について要望しました。

 特に、原発は、共産党の指摘してきた通り、最悪のシナリオをたどっていることを指摘し、あらゆる方策をとって人命と環境負荷を抑えること。そして、全県民規模のヨウ素剤を準備市、配布するよう求めました。

 時間との勝負になっている人命救助に全力をあげることや、各避難所での発電用ガソリン、ストーブ用の灯油、水、毛布、食料が不足しているため、国に要請すること。保健師を配置指、乳幼児、重度障がい者、高齢者への対応を図ることも求めました。

 13日の第2次申し入れでは、日本発の原子炉炉心溶融によるレベル4の大参事となり、被曝者が次々と発生するなど、一刻の猶予も許されない事態です。

 避難区域を半径50キロ以上に広げること、半径100キロ地域の避難計画をただちに準備することをまず求め、ヨウ素剤を原発に近い地域からすぐ配布を始めることや放射性物質の拡散時に必要なマスクや物資を全県民規模で確保すること。

 県自ら情報をいち早く集め、国や東電待ち出なく必要な措置を取ること、全国の原発をた直ちに停止し検査するよう、国と東電に申し入れることも要望しました。

 ところで、震災を受けて県議会の方も、残り3日間の運営について議長召集のもとで各派代表者会議で協議。団長の私にもお呼びがかかり、渋滞で少し遅れましたが県庁へ行ってきました。16日閉会はそのままですが、14~15日に予定していた総括質問は中止することになりました。

カテゴリー: 日常活動 タグ:

東北太平洋沖地震被害、福島県でも甚大                                             東電福島第一原発1号機が爆発

2011 年 3 月 13 日 e-kamiyama コメント 2 件

 11日、午後2時46分に発生した大地震の恐怖の体験を、私は一生忘れないだろうと思います。それは、今回の地震を体験された多くのみなさんも同じではないでしょうか。

 マグニチュード8.8と記録され、明治以降の観測記録では過去最大規模の地震で、東北太平洋沖地震と名付けられました。太平洋プレートが大きく動いたようです。

12日は、地元の被災のようすをみて回りました。中田町では、電気やガスは大丈夫ですが、市水道も簡易水道も配管の破断などで給水されないため、行政センターで給水車による配給を行っています。職員にあいさつしながら、わが家ももらってきました。

 中田の老人施設では、飲み水はもらえるが、食事、トイレの水がないと聞きました。その帰り、自然にわき出ている水をくんでいる施設所職員の姿がありました。

 地元の被害は屋根瓦が落ちた世帯が結構多くありました。ブロックべいが落ちたり、道路の陥没、法面の崩れも少しありました。強い余震は、きょうも続いています。

 

 【中田行政センターで給水車から水をもらう住民】

     

 

 

「屋根瓦が落ちた被害】

【倒れたブロク塀】

 11日の地震発生時は、県議会の企画環境委員会の審査を終え、控室に戻りほっとしたばかりでした。すでに、宮川県議は午後2時の高速バスで地元へ向かっている最中。私は藤川県議と2人で控室にいました。

 耐震診断Dランクの県庁が地震で大きく揺れ出したので、私は部屋のドアを開けて廊下へ半分出たところ、入口近くの本棚がバタンと倒れ、部屋は危ないと藤川さんと2人で廊下の壁につかまっていたら、電気がついたり消えたり蛍光灯が激しく揺れ、壁の細かい粉がパラパラと・・・。ガラス窓は危ないしと2人で怯えながらも必死でした。その時間のなんと長いことか。

 いったん治まりかけた時、外へ逃げようといつもの階段へ行ったら床が壁の破片だらけでぞっとし、広い方の階段へ向かうとやっと職員のみなさんと一緒になりました。

 すぐそばのもみじ山公園は、県職員や議員であふれました。庁内には許可が降りるまでは戻れなくなり、雪まで降ってきたので、知事公舎でトイレを借りてそのままテレビの地震・津波情報をみていました。

 相馬市と南相馬市があっというまに飲み込まれていくようすが映し出され、行方不明者はその後1,800戸も・・・。老人ホームもその犠牲に。甚大な被害にただ驚くばかりです。

 余震は何度も続きましたが、夕方6時近くにようやく中に入ることが許可され、車のキーとケータイ、バッグやコートをとってきました。控室は、本棚が倒れて書類が散乱し足の踏み場がない状態でした。帰りは、福島市内の大渋滞を3時間でようやくくぐり抜け、自宅に着いたのは夜10時半を大きく回っていました。

           *******

 ところで、12日午後3時半すぎ、東電福島第一原発1号機が爆発しました。放射能漏れの可能性は否定できません。東電社員2人と作業員2人がケガをし、避難住民の3人が被曝し双葉厚生病院で汚染除去をしたと報道されています。住民避難の範囲は、政府の指示で半径10キロから20キロに拡大されました。しかし、ヨウ素剤を避難住民に配ったのかどうかは聞こえてきません。

 地震被災と原発の放射能漏れによる労働者と住民への複合被災は大変なものです。原発の危険性については、党県議団が一貫して指摘してきたのに、国も県も、そして東電も無視し、まともに応えようとしてこなかったのです。一方、その彼らを支え原発を推進してきたのは自民・公明、民主の各党です。

カテゴリー: 県政・県議会 タグ:

東日本大震災の被災地に思いをはせて(9)仙台市 嵯峨サダ子 市議

東日本大震災の被災地に思いをはせて、被災地とその近隣地の日本共産党地方議員が作成しているホームページやブログにアクセスしてみました。仙台市 嵯峨サダ子 市議のホームページから転載します。

2011年3月16日(水曜日)

命の治療食を届けて

カテゴリー: - saga @ 22時52分57秒

 夕べ向山で独り暮らしをしている高齢の女性から電話がありました。腎臓病患者さんで治療食を取り寄せて食べているが、宅急便がストップしているために届かず困っているとのこと。
 朝にお宅を訪問して、食品を確認。高砂に治療食を販売している営業所があるということで、高見のり子議員に頼んで品物を購入してもらいました。県委員会まで届けてもらい、早速向山のお宅に届けました。「命を助けていただいて有難うございます」と、喜んでいました。高見さん、ありがとうございました。
 ぼたん雪が降りしきるなかでしたが、私もホットしました。初めてお会いする方でしたが、ポスターを見て応援していましたと。

 

東北地方太平洋沖地震 被害対策にかかる緊急要望

カテゴリー: - saga @ 10時48分28秒

東北地方太平洋沖地震 被害対策にかかる緊急要望 その1

                           2011年3月14日
                           日本共産党仙台市議団
                           団長 福島 かずえ

前例のない大地震・大津波に見舞われ、人命救助を最優先に被害者対策に全力をあげられていることに敬意を表します。
私どもに寄せられている被災者からの要望に機敏にこたえられるよう、下記の通り申し入れます。

1、行方不明者の捜索をはじめ、孤立状態にある被災者の救助に全力をあげること。
2、人口透析患者の人工透析受け入れ病院の確保に全力をあげること。
3、酸素吸入の必要な患者に対して、酸素ボンベを確保して供給すること。
4、医療・福祉施設において自家発電を維持できるよう、A重油や軽油、灯油の供給対策に全力をあげること。また、関係者の車両に必要なガソリンの入手が困難になっていることから、国に対し、必要な燃料が供給されるよう強く要望すること。
5、医療・福祉施設において、食料、暖房が確保されるよう万全を期すこと。重度心身障害者施設ではオムツが足りないとの要望があり、対策を講じること。
6、避難所において水と食料、暖房と照明の確保、毛布、衣料、トイレ、女性の生理用品・オムツ、粉ミルク、哺乳瓶など避難住民の必要物資と体制、医療の確保に全力をあげること。臨時保育の体制をとること。
7、高齢者、障害者などを受け入れる福祉避難所を準備すること。
8、市民に必要な情報が正確に伝わるようにすること。
9、原子力発電所の事故について、市民に正確な情報を出すこと。

   仙台市長
        仙台市災害対策本部長  奥山 惠美子 様

2011年3月15日(火曜日)

未曾有の大災害に懸命に立ち向かって

カテゴリー: - saga @ 22時43分40秒

 3月11日2時46分頃に起きた大地震。議会が休憩に入って控え室に戻った時に突然の激しい揺れに見舞われました。とっさに机の下に隠れて揺れがおさまるのを待ちましたが、長い揺れにただごとではないと感じました。
 大津波でたくさんの人がのみ込まれ命が喪われました。想像を絶する事態です。ライフラインが止まり、日常生活に支障を来たしています。私の家も電気はやっとつきましたが、ガスと水道が止まっています。幸い、遠くにいるこどもたちがレターパックで食べ物を送ってくれて助かっています。
 娘婿が広島県の消防救援隊に志願して宮城県に来て救援にあたっています。「ひとりでも多くの命を救いたい」と言って来てくれました。小学1年の孫が日記に「おとうさんはマグニチュードのところにいきました。ひとをたすけにいきました」と書いたそうです。
 西多賀事務所(嵯峨サダ子市政事務所)では12日の朝から、水、お茶、トイレの提供を始めました。おにぎりやカップラーメンなどの差し入れもあり、大勢の方が立ち寄られ夜までにぎわいました。ライフラインが復旧するまで続けることになると思います。身近に役立つ共産党の真価を発揮して頑張っています。

東日本大震災の被災地に思いをはせて(8)仙台市 すげの直子 市議

東日本大震災の被災地に思いをはせて、被災地とその近隣地の日本共産党地方議員が作成しているホームページやブログにアクセスしてみました。仙台市 すげの直子 市議のホームページから転載します。

2011年3月15日(火曜日)

救援活動中

カテゴリー: - sugeno @ 18時27分23秒

 今日は、午前中は議会最終日のため、議会へ。

 昨日から、地元の宮町事務所が水が出るので、張り出しもして、給水、トイレの解放をしています。昨日は、夜10時過ぎまで人がひっきりなしでした。

 「気仙沼出身なんですが、まだ実家とまったく連絡が取れない」と、涙を浮かべる若い女性3人が最後にきました。おにぎりを渡して、「頑張ろうね」というしかありません。

 朝は9時からの予定でお知らせもしていますが、私が到着すると、すでにお二人の方がペットボトルなどを抱えて待っていました。本当に切実です。
 
 今日は、ぐっと寒くなってきました。明日はもっと寒くなるよう。避難所にも行ってきましたが、今晩はつらい夜になりそうです。みなさんの体調が心配です。

 

2011年3月13日(日曜日)

支えあう人々と触れて

カテゴリー: - sugeno @ 23時40分03秒

 今日も基本的に、地元で活動。

 昨晩、電気は復旧しましたが、水道、ガスの見通しは立っていません。
 食材や、車のガソリンを買い求める方々の長蛇の列もできています。

 この間、だいぶ体は疲れてもいますが、人の(とりわけ若者の)優しさに触れて、心救われています。

 昨日は、足の悪い見ず知らずのおばあちゃんを、駅裏から東六の避難所に連れてきた二人のカップルと出会いました。おばあちゃんいわく、「ここには知り合いがいない。昨日はここにいたんじゃない。別の場所だった」とのこと。若い女性が「この近くに、別の避難所はありますか?」と。
 私もおばあちゃんとお話してみると、どうやら小松島の模様。話すと、二人は、いやな顔もせず、「じゃあ、そっちに一緒に行ってみます」と連れて行ってくれました。

 歩くのが困難な方に、車いすを持ってきてみると、若い女性2人がすぐに手を貸してくれて、避難所まで連れてきてくれる。「何かお手伝いできるかと思って」と、大学生が避難所に来て一生懸命働く姿・・・。まだまだ、困難はたくさんあるものの、人の温かさに触れて、あったかい気持ちになることしばしばです。

 さっきは、「近くでガス欠の車があります」の掛け声に、集会所から5、6人が一挙に駆け寄って、あっという間に無事目的地まで、押してきました。

 明日も朝から、頑張ります。
 
 

2011年3月12日(土曜日)

甚大な被害に・・

カテゴリー: - sugeno @ 23時26分36秒

 地震被害の大きさを見るにつけ、その甚大さに絶句しています。

 我が家は、みんな無事。昨日は中学校の卒業式だったのに、突然の地震。
 子どもたちの安否を確認した後、避難所である体育館やコミュニティセンターを何度も往復しました。地元の集会所で炊き出しも開始。ご飯を食べていない子どもたちや、車で一夜を過ごした方、熱を出して横になる子どもたちへの対処など、みんなで力を合わせて過ごしました。

 とりわけ、東六番丁小学校には、駅からたくさんの人が避難に身を寄せ、校庭や教室までとにかくいっぱい。小学校の先生方が、本当に夜を徹して対応してくれたのには、頭が下がる思いです。

 先ほど、夜10時過ぎ、小学校に行っている時に電気が復旧。思わず、その場にいた人から喜びの声が上がりました。

 まだ、身近な方の安否確認が取れていない方もいます。まだまだ、大変です。

東日本大震災の被災地に思いをはせて(7)仙台市 花木のりあき 市議

東日本大震災の被災地に思いをはせて、被災地とその近隣地の日本共産党地方議員が作成しているホームページやブログにアクセスしてみました。仙台市 花木のりあき 市議のホームページから転載します。

2011/03/17

今日はさらに寒さが厳しくなっています。

 ガソリンもなく昨日は吉成地域での活動。固定電話が通じたので連絡が取れていなかった人たちと午後は対話、情報交換をしました。

 地元吉成地域の水道の復旧は、
   南吉成6丁目→7丁目→2丁目→1丁目と昨日は出ました。
   この先が吉成配水所。そこがいっぱいになれば地域一帯に給水が
   再開されると期待しています。

 避難所の状況を聞き、今日はその相談に向います。

PS 今朝6時過ぎからガソリンスタンドに並んでみましたが、店は開きませんでした。明日また並んでみます。

 

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2011/03/16

こちらは雪です 仙台青葉区吉成

昨夜は雪になりました。我が家の前はこんな感じ。(TV中継でみると市の中心部は積もっていないようですが)

Dscn7353

長女が、雪かきをしてお風呂へと運んでいます。(トイレ用の水として)
左に見えるプールで雨をためようと思ったのですが・・・凍っています。

水道については昨日書いたとおりです。

ガスは、ガス局の工場の被害が予想より大きいことがわかり、「1カ月では済まない」という発表になりました。全市的に、カセットコンロや、ボンベが大量に必要になります。

今日は吉成の事務所を軸に、活動します。

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地震・津波行方不明者一覧(宮城県警)

多くの人が行方不明になっています。

宮城県警の以下のHPで一覧が掲載されています。
http://www.police.pref.miyagi.jp/hp/jishin/yukuehumei/yukuehumei.html

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2011/03/15

仙台市 水道の復旧について

電気はずいぶん復旧してきました。ガスは1カ月はかかると言われています。
水道はどうか・・・。

市中心部では出ている。柏木で出た。八幡で出た。作並は出ている・・・など聞えてくるが、では吉成は?と言われると分からない。

七ヶ宿ダムから水を引いている県の広域水道が復旧に時間がかかるため断水が長期化するところがあるとの報道も。災害対策本部の発表でもよく分からないので、水道局に聞きに行きました。

これは、仙台市の配水系統図です。(詳しくはPDFファイルでここから「suidou.pdf」をダウンロード

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左側の水源から浄水場、配水所、配水地域へと系統が書かれています。仙台市は現在8つの浄水場をもっています。それに県広域水道から水を買っています。(これが高い!)

右の地域からさかのぼってみて行くと、広域水道しか繋がっていないのは、赤で囲んである地域です。

○青葉区錦ヶ丘・上愛子・愛子中央
○青葉区折立・青葉山、太白区八木山・茂ヶ崎など
○太白区茂庭台・生出・太白・金剛沢・緑ヶ丘など
○太白区秋保温泉
○太白区坪沼・赤石・など

(地図では赤で囲んだ地域)

__2

これらの地域では、広域水道の復旧を待つ必要があります。現在、白石インターのあたりで、広域水道の大変太い(φ2.6m)管が破断しているらしい。共産党県議団に確かめてもらったがこの部分の修理に2週間ほどかかるとのこと。ここが直って水を流して、さらに先の壊れた部分が見つかる・・・という作業を進めて、仙台にまで来るのはどのくらいか・・・なかなか見通しがつかない。長期の断水となる可能性が高いようだ。特別の手立てを今から考える必要があります。

私の地元、青葉区吉成・南吉成・国見ヶ丘・中山・貝ヶ森地域(地図では青の四角)も同様か!と思ったが、かろうじて黒森山配水所には中原浄水場からの水も入る管があり、広域水道復旧前にも通水が可能とのことでした。
でも、あと一週間はかかるのかなア。早くつながると助かりますが。

東の地域では2・3日中にほぼ通水できるので、現在市の給水車6台と、新潟や神戸、名古屋など他県からの応援20台の給水車の配置も、西にシフトしてもらえるようです。給水箇所が増えて近くなるといいですね。

3月16日の給水場所です

 午前7時頃から開始する給水所お昼頃までに開始する給水所
青葉区

台原森林公園(地下鉄「台原駅」側)、広瀬小、折立中、栗生小、錦ケ丘7丁目北バス停付近、東六番丁小、小松島小、吉成小、みやぎ台集会所、桜ケ丘県営住宅前バス停付近、中山市民センター

 
宮城野区

原町小、福室小、幸町市民センター、東仙台中、鶴谷東小、中野栄小

 
若林区 沖野東小、南小泉小、古城小  
太白区

四郎丸小、西多賀中、水道局本庁舎(南大野田)、東北工業大学(八木山)、向山小、茂庭台小、八木山小、太白小、生出市民センター、湯元小、秋保総合支所、仙台南インター付近(下水道人来田ポンプ場南側)

泉区

将監中央小、南光台ふれあい広場(南光台市民センター西側)、高森小、桂小、七北田小、虹の丘小、長命ケ丘小、将監小、向陽台中、泉区役所、住吉台小、館中、黒松小、寺岡中 、加茂小、北中山小、南中山小、松陵小、鶴が丘小

泉ヶ丘小 

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震災対策 緊急要望(その1)を仙台市に提出

 やっと昨日我が家にも電気きました。

 昨日、市議団会議をひらき、各地域の状況をまとめる中で、仙台市長、仙台市災害対策本部に対して緊急要望書(その1)を提出しました。

   東北地方太平洋沖地震 被害対策にかかる緊急要望 その1 

2011年3月14日 

日本共産党仙台市議団 

団長 福島 かずえ 

 前例のない大地震・大津波に見舞われ、人命救助を最優先に被害者対策に全力をあげられていることに敬意を表します。 

 私どもに寄せられている被災者からの要望に機敏にこたえられるよう、下記の通り申し入れます。 

1、行方不明者の捜索をはじめ、孤立状態にある被災者の救助に全力をあげること。 

2、人口透析患者の人工透析受け入れ病院の確保に全力をあげること。 

3、酸素吸入の必要な患者に対して、酸素ボンベを確保して供給すること。 

4、医療・福祉施設において自家発電を維持できるよう、A重油や軽油、灯油の供給対策に全力をあげること。また、関係者の車両に必要なガソリンの入手が困難になっていることから、国に対し、必要な燃料が供給されるよう強く要望すること。 

5、医療・福祉施設において、食料、暖房が確保されるよう万全を期すこと。重度心身障害者施設ではオムツが足りないとの要望があり、対策を講じること。 

6、避難所において水と食料、暖房と照明の確保、毛布、衣料、トイレ、女性の生理用品・オムツ、粉ミルク、哺乳瓶など避難住民の必要物資と体制、医療の確保に全力をあげること。臨時保育の体制をとること。 

7、高齢者、障害者などを受け入れる福祉避難所を準備すること。 

8、市民に必要な情報が正確に伝わるようにすること。 

9、原子力発電所の事故について、市民に正確な情報を出すこと。 

仙台市長 

仙台市災害対策本部長 

 奥山 惠美子 様 

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«仙台市青葉区吉成1丁目まで電気通電しました

2011/03/14

仙台市青葉区吉成1丁目まで電気通電しました

 ブログにコメントお寄せいただいた皆さんありがとうございます。

 今朝になって,我が家(吉成2丁目)の手前,吉成1丁目まで電気が来ました。1丁目にある花木事務所に来て,ブログ更新しています。

仙台市災害対策本部発表はこちら

 小中学校は18日まで休校
 保育所は  今日から開きます
 児童館は  今日から開きます(建物が安全でないところは無理でしょう)

 青葉区は,被害があまり大きくありませんが,避難している人も,家でいる人たちも,食料・燃料などが手に入らなくてあちこち歩いている状況です。生活関連の情報が伝わりません。

 全市では20万人以上が避難所に避難していると言います。揺れがまだ続いていますが,落ち着いて,電気などが通るようになると自宅が無事な方は戻ると思われます。
 電気・水道・ガスの順で復旧すると思われますが,復旧が遅れるそれぞれの地域ごと手だてが必要です。
 市中心部は昨日の段階で,電気・水とも出ていました。(青葉区柏木まで)
 周辺住宅団地は,今朝南吉成,吉成1まで電気は来ました。水はまだ・・・昨日やっと吉成小学校は給水がはじまりました。トイレ用の水としてプールの水も配りだしたとの情報です。
 ガソリンなど市内の数か所で一般給油の受け入れも始っていますが,長蛇の列。

 若林区の海岸地域などへは,議員も近付けず情報は入っていません。

 仙台市議会は,昨日会派代表者と議事運営委員会の会議を開き,明日の議会最終日,朝10時から短時間で予算特別委員会と本会議を開き新年度予算を議決して閉会することを決めました。市議会として震災対策本部を設置して情報を集約することも話し合われました。

 私は,仙台市が策定していた防災計画の想定を大きく超えた災害であり,議会として必要な手立てを臨機応変に打っていくためには,会期を延長しておくべきと主張しましたが,一致をみませんでした。

 被害の全体像が見えない中ですが,それぞれの地域の状況をつかみ,住民の皆さんが必要としている情報や物の手だてを取るためにがんばります。

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コメント

ガンバ花木!!tenugui gamba!
若かりし昔のようにバイクにまたがり市内を駆け回っている様子が彷彿とします。怪我など無きよう気をつけて!!

投稿: PEN | 2011/03/14 22:25

今日、兵庫県連協で第一回救援対策会議が開かれ参加しました。
15年前の阪神大震災を経験した役員を中心にさまさまな視点で意見交換が行われ、経験に基づいて発信し、早急に募金活動から始める事になりました。

投稿: 藤原英喜 | 2011/03/15 00:10

コメントありがとうございます。
小学校・中学校は3/18まで休校
児童館・児童クラブは、昨日から通常開設とされています。(保育所も)
核施設の安全や暖房などの状況が分かりませんが、子どもたちは徐々に日中学童(児童クラブ)にいることになりそうです。

投稿: hanaki | 2011/03/15 07:10

2011/03/13

とりあえず写真だけアップしておきます

今、議会に来ています。10分あるので、電気とインターネットつながっているので、写真だけアップしておきます。

自宅では、携帯のインターネットもつながらなくなっています。中継局のダウンか?

更新できないでいますが、元気です。

写真の時系列が逆になりました。

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東2番丁小の2避難所前(3・12)どこにいるかメモ・・・仙台から帰れない帰宅困難者が多い

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国見浄水場 ひき屋の工事中

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2011/03/12

仙台避難者10 万人超え

今日は近所の避難所を手始めに地元の被害状況を原付バイクで調べ、市役所、党地区事務所、中心部から地元までの避難所を訪ねました。途中、お年寄りだけのお宅3軒に声かけ

若林区などの状況は分からず
市中心部はあまり大きな被害なし、信号機も大学病院までは着きました。電気も朝に復旧。
太白区長町は国道が波打ち古い商店は潰れたそうです。長町病院クリニックは、建物に被害を受けたよう。
避難所には市人口の1割、10万人が来て夜を過ごしました。帰宅困難者も多数。毛布も水も食料も圧倒的に不足。コンビニ、スーパーには売り出しをまって長蛇の列。

今夜も暗い中で過ごす人がほとんどです。
我が家はリビングで寝ますすぐ外に飛び出せるようにして。

仙台市役所のHPはこちら

http://www.city.sendai.jp/m/index.html

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コメント

花木の無事が確認出来て良かったよ.

 これからいろいろ大変だろうけど,怪我をしないように気をつけてな.my mixi の,しのごさんの安否の確認がまだ出来ない.仙台駅及び東北大学医学部の周辺の被害状況はどうだろう.

 神戸でも比較的大きな揺れがあった.余震も来た.
 家のマンションのエレベータが止まったよ.

投稿: 山田哲也 | 2011/03/12 21:38

仙台市若林区荒浜新2丁目に実家がある者で、今は長野県に住んでいます。仙台市のホームページに12日18時頃荒浜小学校の400人を救助したとあるのですが、どこに搬送したのか、名簿などあるのか、おわかりになるでしょうか?

投稿: 三浦玲美 | 2011/03/13 10:51

花木先輩、お元気で良かったです
東北大学&四日市高校インターアクトクラブの後輩の中川です
これから大変だと思いますけどがんばって下さい

投稿: 中川真一 | 2011/03/13 17:35

 仙台出身の大友浩です。
 花木さん、御無沙汰していますが、みなさん無事で何よりです。
 さて、私の弟(大友浩二)夫婦・家族5人が名取に住んでおり、全く連絡が取れない状況です。また、名取市のHPの更新できないため、情報が発信されておらず、たいへん気がかりでです。
 ところで、東京の民医連からは、金曜日に第一陣が、坂総合病院の今田院長を乗せて、水などの物資を運んでいます。第二陣は立川相互病院から医師・看護師複数で向かいました。週明けにもさらに支援が進むと思います。
 ツイッターの情報交換が進んでいますね。弟家族のそちらにも発信して、連絡がつかめればと思います。

投稿: 大友浩 | 2011/03/13 21:09

花木さん無事でよかった。浦和の山です。
県内に住む他の方が心配です。気仙沼の友人に連絡がとれていません。
私の職場の生協では、水などの救援物資第1弾をトラック4台で12日朝仙台に届けました。その後も、果物・毛布等をお届けしています。救援隊第1陣も13日仙台に到着しています。全国の生協では、全力で救援準備をすすめている状況です。
不足している物資があれば、お伝えください。
また、杜の都仙台で会いましょう。

投稿: 浦和・山 | 2011/03/14 03:11

昨日、無事が確認できました。12日に自衛隊に救助されたようです。お騒がせ致しました。
私の実家は岩手にあり、また仙台には10年間過ごしていました。被災地の早期復興と第2の大地震が起きないことを心よりお祈り申し上げます。また、花木さんご自身も大変な状況かもしれませんが、仙台市の復興に向けてご活躍されることを期待しております。

投稿: 三浦玲美の夫 | 2011/03/15 00:12

三浦さま

お役にたてなくてもうしわけありません。
ご実家の無事が確認できてなによりです。

避難所での生活が長くなると思われます。
励まして上げてください。

自宅のPCにもやっと電源が入りました。
水は当分通りそうにありません。
1ヵ月はかかると言われているガスよりも遅いかも…。

投稿: hanaki | 2011/03/15 07:05

 大阪府堺市の前府会議員の奥村健二です。
 たいへんな事態に心からお見舞い申し上げます。
 12日から救援募金の取り組みを始めました。
 阪神淡路震災を体験した大阪ですから、少しでも協力したいとの市民の皆さんの思いが強いです。4日間毎日街頭に立っています。
 私のホームページの活動日誌に、仙台市議団の市長への緊急要望を転載させていただきました。被災地に皆さんの必要なことが端的にわかると思います。
 議員団はじめ党組織の皆さんはご自身も被災しておられるでしょうが、お体に十分気を付けてください。
 明日も街頭に立って救援募金活動をおこないます。
 「がんばれ、仙台。がんばれ、東北。」

投稿: 奥村健二 | 2011/03/15 23:34

2011/03/12

ご心配おかけしてます

心配かけてます
家族みんな無事に家についてます
家の前の車で寝ます
避難所となる小学校は電気つかず、大きなストーブもつきません。毛布もないところも…

どこも真っ暗です。停電は続きそうだ。避難所に発電機は備えるべき。

さて、明朝は忙しくなります。余震続いてますけど寝ます。
それぞれの家の前で過ごすことになりそうです

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コメント

大変なことになっていますが、無事で何より。引き続き気を付けてください。

投稿: 梶原陽二 | 2011/03/12 05:11

ご無事なによりです。
ネットで安否がわかるのはいいですね。

投稿: 大外郎 | 2011/03/12 08:27

ご無事でなによりです。「避難所に発電機は備えるべき」はそのとおりですね。被災者ヘの支援の輪を広げられればと思っています。滋賀より

投稿: 平野 | 2011/03/12 10:35

神戸市連の藤原です。

ご無事でなによりです。
15年前の神戸を思い出します。
お体を労って下さい。

神戸市市連でも支援の準備を進めています。
お忙しいと存じますが、余裕がございましたら
情報をお寄せ下さい。

投稿: 藤原 英喜 | 2011/03/12 10:42

30年以上前、宮城県沖地震を有朋寮で経験したものです。花木議員。大変でしょうが、身体に気をつけて奮闘を期待します。
こころの中で応援しています。

こちらも小池勝たせるべく今日・明日、地域へ入ります。

投稿: PEN | 2011/03/12 11:34

PENです。
ところで福島かずえさんは大丈夫なのでしょうか?
心配です。

 

投稿: PEN | 2011/03/12 14:20

新潟市の佐藤です。ご無事で何よりです。長丁場になります。安全と健康にご留意されますよう。
二昔半ほど前「駒場」でお世話になりました。
敬意を持って応援しております。

投稿: 佐藤博文 | 2011/03/12 16:45

愛知からアクセスしています。
みなさん無事でしょうか?。
心配しています。

投稿: 勝田 | 2011/03/12 17:09

岐阜の前川です。障害のある方たちのこと心配です。何かできることがあればお知らせください。今から佐々木さんの演説会です。

投稿: 前川香織 | 2011/03/13 13:24