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« 9月14日(金) 代表質問をおこないました | トップページ | 知事あてに「卑怯者」等の侮辱発言に抗議し、発言の撤回と謝罪を求める申し入れ »

2018年9月15日 (土)

知事の「ひきょう者」などの悪罵は言語道断であり許せない!

 神奈川新聞は9月15日(土)の紙面で、
“知事激高「ひきょう者」 県議会共産質疑に”と題する記事を掲載しました。以下、全文を転記します。
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 14日の県議会本会議で、代表質問に立った共産党の藤井克彦氏の質疑を巡り、黒岩祐治知事が激高する一幕があった。質問後の休憩中だったが、傍聴者も詰めかけていた議場は一時騒然となった。
 関係者によると、藤井氏は質問時間終盤の「要望」として、知事の看板政策「ヘルスケア・ニューフロンティア政策」を批判。知事は休憩に入った直後に自席で立ち上がって藤井氏を指さし、「質問しろよ」「逃げるのか」「ひきょう者」などと怒りをあらわにした。
 本会議終了後、藤井氏は「いくら非公式の場とはいえ、議員に言っていい言葉ではない。非常に残念」と不快感を示し、「党として対応を考える」とした。
 一方、知事は神奈川新聞社の取材に「政策を全否定するのは構わないが、時間があったのに答える機会を与えず、言いたいことだけ言って議論を断ち切るのは理解不能。謝る筋合いは全くない」と述べた。

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 記事は以上です。議場での事実関係は、まさしく記事のとおりです。直後の神奈川新聞社の取材に対して知事が述べた言葉が記事のとおりであるならば、許せない、との思いは強くなるばかりです。
 いまの私の思いは、全ては書ききれませんが、神奈川新聞の記事を前提に、とりあえず以下のことだけは述べておきます。
 
★「ひきょう者」と人格攻撃のような悪罵を黒岩祐治神奈川県知事が私に対して投げつけたことに対して、強く抗議し、撤回と謝罪を求めます。
 私・藤井克彦は、ひきょう者ではありません。
 


★会議が休憩に入ったとはいえ、神奈川県議会の本会議場で、県知事という立場の人間が、県民を代表して活動している県議会議員に対して、そのような悪罵を投げつけたことは重大です。知事と議会・議員は、対等の立場で、相互に牽制し合うことをつうじて、二元代表制を構成するものとされています。県知事として、あまりにも礼節を欠いており、正直、「こんな無礼な人を知事として立てながら議員として活動しなければならないのか」と情けない思いでいっぱいです。

★「質問しろよ」「逃げるのか」という発言についてです。
 第一に、議会において、何をどう質問するか、は議員の側に選択権、決定権があります。質問を受ける側である知事が言うべきことではありません。
 第二に、「答える機会を与えず、言いたいことだけ言って議論を断ち切るのは理解不能」と言いますが、多くの議員が、質問の最後に、自らの見解(要望等)を述べて発言をしめくくっています。今回の私の発言もその一つにすぎません。「議論を断ち切るのは理解不能」などと言われることこそ「理解不能」です。質問は1回目のみとして、2回目は自らの見解を述べて質問をしめくくることにしたことをもって、「逃げるのか」などと罵倒されるいわれはありません。

★「時間があったのに答える機会を与えず」という発言についてです。
  これも、議会において、何をどう質問するか、は議員の側に選択権、決定権があり、質問を受ける側である知事が言うべきことではありません。加えて、「時間があったのに」などと言うのは、あまりにも出過ぎた発言です。ここで言う時間とは、質問者である私に許された発言の持ち時間の残り時間のことです。その時間で再質問ができるかどうか、するかどうかを判断し決定するのは、質問者である議員の私です。答弁する側の知事には何らかかわりのないことであり、その判断に介入するかのような発言は、まさしく「理解不能」です。

★星陵高校松井秀喜選手(当時)のインタビューを思い出して
 今年の夏は、甲子園での夏の高校野球大会100回記念ということで、これまでの大会の名場面を振り返る番組がテレビで放映されました。
 そのなかの一つに、星陵高校松井秀喜選手(当時)が4打席連続で敬遠された試合も放映されましたが、試合後のインタビューで松井選手が連続敬遠について問われた時に「相手の作戦ですから仕方ないんじゃないですか」と述べ、決して相手を責めなかったことが紹介されていました。
 松井秀喜さんは、人間としての度量も大きい人だった、ということを改めて感じさせられました。


 議会での知事と議員の質問・答弁のやりとりも、ある意味では、試合のようなもの。お互いに作戦を練って臨み、議員としては、県民のために有意義な議論をいかに展開するか、苦労のしがいのあるところです。今後とも精進し、県民に寄り添った議員活動、議会活動に取り組み、県政を県民本位のものにしていくために、力を尽くす決意です。

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 以下、「ヘルスケア・ニューフロンティア政策」に関する質問の1回目(発言原稿・再掲)と2回目(概要)を掲載します。
<1回目(発言原稿・再掲)>
 第三の質問は、「ヘルスケア・ニューフロンティア政策」に税金を財源として一地方自治体が取り組む妥当性についてです。
 知事は、「ヘルスケア・ニューフロンティア政策」を重点政策として掲げ、「『未病の改善』と『最先端医療・最新技術の追求』という2つのアプローチを融合することにより、健康寿命日本一と新たな市場・産業の創出を目指す、として様々な事業を展開しています。
 【資料10掲示】2014年度にこの事業を本格的に取り組み始めて、2018年度までに、5年間で約87億円の事業費が投入されています。このほか人件費が、わかっているだけでも、2016年度と2017年度の2年間で約10億円かかっています。
  事業の内容から見ても、まさに歯止めなく膨張している印象を受けます。
  「人材育成」ということで、国際的医療人材の担当職を置いたりしてきましたが、ついに、「社会システムの革新に向けて、必要となる技術を開発し、担い手となる人材を育成するため」として、県立保健福祉大学に『ヘルスイノベーションスクール』という、大学院研究科までつくることになってしまいました。2017年度に約8000万円、2018年度には5億5000万円がそのために予算措置されました。「ここまでやるのか!」と驚くばかりです。
  【資料11掲示】さらに、学校教育の分野にも入り込み始めています。県は、「ライフステージに応じた未病対策」と称して、2016年度に県内全ての小学校5年生に『子どもの未病対策 かなかなかぞく かなかな練習帳』を配布しました。【資料12掲示】そして2017年度には県立高校の教員に『健康・未病学習教材(高校生用副教材)-試作版-』を作成・配布して、2018年度に授業で活用してもらい、2018年度末に確定版を発行・配布するとしています。子どもたちに“未病”の概念を押しつけて良いのか?!そのために学校教育に入り込んで良いのか?多忙化の解消が課題とされている教育現場に余計な負担をかけることにならないのでしょうか。
 そもそも、“未病”という、医師のなかにも異論があるような特殊な概念をあえて使い、普及しようとすることは、余分な経費と労力を費やすだけではないでしょうか。【資料13掲示】「健康と病気を連続的に捉える」とか、「健康→未病→病気」をグラデーションの図で表したり、未病キャラクターを使った宣伝などしなくても、健康維持、健康増進、保健予防、介護予防などこれまで一般に使われてきた言葉で、「病気にならないよう、日頃から取り組もう」などの言い方で、健康長寿への県民の取り組みを促すことは十分にできるし、またその方が単純明快でわかりやすいと考えます。現場の職員からは、「余計な仕事が増えた」「“未病を治す”の『のぼり』を“未病の改善”の『のぼり』に変えるのもわずらわしかった」との職員の声も届いています。また市町村からも「わかりにくい」など戸惑いの声が聞こえてきます。
 『最先端医療・最新技術の追求』については、そうした研究を公的に支えることを否定するものではありません。国や研究機関、厚生労働省の外郭団体が取り組むというなら理解できます。しかし、その成果は神奈川県民に限らずに広く全国民に及ぶという点からも、一地方自治体の行政が取り組むべき課題としては必要性や優先性が高いとは思えません。
  「新たな市場・産業の創出を目指す」ことについても、それが最先端医療であれ未病産業であれ、自治体行政の“身の丈”を超えていると思います。
   「国際展開」も政策の柱に掲げ、海外の大学などと連携・協力に関する覚書(MOU)を締結したことや、覚書締結先と連携した国際シンポジウム、セミナー等を開催したことを取り組みの成果として挙げていますが、県民の願いからかなりかけ離れた印象を受けます。
  健康寿命の延伸、健康長寿を目指すことを否定する人はいないと思います。しかし、そのために行政が何よりもおこなうべきは、格差を生まないように、公共責任を果たすことであると考えます。たとえば子どもの貧困、治療していない歯が10本以上あるなど、噛むことが困難な口腔崩壊をおこしている子どもたち、「心身の発達に必要な生活習慣や食事の提供がされていない」子どもたちへの対応、などです。
 【資料14掲示】それに対して『ヘルスケア・ニューフロンティア政策』は、「個人の未病状態の改善・維持に取り組むための行動の選択権と決定権は、受益者であり負担者でもある自己に帰属するという考えを基本」とするとしています。自己責任を強調し、未病産業をおこして「未病改善のための商品やサービスの利用拡大」を目指すということでは、経済力によって健康格差が生じてしまいます。企業が取り組むならともかく、税金を財源とする自治体行政が一義的に取り組むことではないと考えます。
●そこで知事にうかがいます。『ヘルスケア・ニューフロンティア政策』は、一地方自治体が取り組むものとしては、“身の丈”を超えたものであり、必要性や優先性という点では著しく低いのではないか、また県民の健康維持・増進に関して自己責任を強調し、お金のかかる商品やサービスの利用拡大を目指すというのは、税金を財源として健康格差の解消に取り組むべき行政の力の入れどころとしては違うのではないか、と考えますが、見解をうかがいます。
  以上です。
<2回目の発言(概要)>
  答弁は、完全なすれ違い。
  答弁のなかで、「未病コンセプト」にふれていたが、知事は、しばしば答弁などで「国においても、昨年2月に閣議決定された健康医療戦略に新たに未病の考え方の重要性を明記するなど、同じ方向を目指しています。」と述べている。
 しかし、その4ヶ月後の2017 年6月に国は、「未来投資戦略2017-Society 5.0 の実現に向けた改革-」を閣議決定し、そのなかで、「健康寿命の延伸」を掲げた。この中では、「健康管理と病気・介護予防、自立支援に軸足を置いた、「新しい健康・医療・介護システム」を構築することにより、健康寿命を更に延伸し、世界に先駆けて生涯現役社会を実現させる。」としている。
  まさしく国でさえ「未病」という概念を使わないで、「健康管理と病気・介護予防」とふつうの言葉を使って「健康寿命の延伸」に取り組むとしている。
  “未病”概念にこだわり、予算、人材、労力を費やすことは、やめるべき。

  また答弁で、モデルをつくっていく、というようなことが言われた。 「ヘルスケア・ニューフロンティア政策」においては、以前から、「少子高齢化が進展し現行の社会システムを継続させることは困難になっている」「超高齢社会を乗り越えていくために」「持続可能な新しい社会システムを創造していく」などと説明されてきたが、「次世代社会システム」とか「次世代ヘルスケア社会システム」という用語も使われるようになってきている。
  「社会システム」と言うのでどのようなものかと思うと、これまでの取り組みの成果として挙げられているのが、『健康行動にインセンティブを与える保険商品などの広がり』であったりする。保険商品が「新しい社会システム」の一例とは驚きである。
そして、県の『ヘルスケア・ニューフロンティア政策』関係部門の一部の人たちだけで「次世代社会システム」というようなものを勝手に作り上げて、県民に押しつけていく、そのことがはらんでいる問題の大きさ、恐ろしさを感じている。
 自治体行政らしからぬことが知事の肝いりで行われている。
  そんなことはやめて、その分の予算と人材を、他の喫緊の施策に回すべき。
  質問を終わる。

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