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2018年3月26日 (月)

前川喜平さんの講演「憲法、教育と私たちの未来」を聴く

 このほど、名古屋市の中学校で行われた前川さんの講演の内容について、文部科学省が自民党の国会議員に言われて名古屋市教委に問い合わせるという事件が起き、前川さんは「教育への介入であり許されない」との趣旨のコメントを出されました。

 この事件のちょっと前、3月11日(日)午後1時30分、相模大野駅前の『ユニコムプラザさがみはら』セミナールームで開催された前川喜平さん・前文部科学事務次官の講演会に参加し、お話を聴きました。テーマは「憲法、教育と私たちの未来」で、主催は「相模大野9条の会」をはじめとしたいくつかの市民団体でつくられた「前川講演会実行委員会」です。

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 結果的に、ものすごくタイムリーな講演会となりました。
 そのなかで印象に残ったことを、メモと記憶を頼りに、ご報告します。
[講演の内容(配布されたレジュメ)]

1.憲法と教育…憲法が保障する教育と教育が支える憲法
●憲法の「3大義務」と義務教育の「義務」
●無償普通教育を受ける権利の不十分な保障
●人権の中核をなす学習権(人間が人間になるために)
●平和を実現する学習(戦争は無知から起きる・ユネスコ憲章)
●賢明な国民が賢明な政府をつくる(主権者教育)
2.安倍政権下の教育政策…国家主義への暴走
●教育基本法改正から憲法改正へ向かうもくろみ
●道徳の教科化の問題点…「個」と「地球」の欠如
●教育勅語を復活させたい人たち
●主権者教育と政治的中立性、生徒の政治的活動
●新教科「歴史総合」と「公共」への期待と懸念
●人権と平和と環境を守る教育…権力に忖度しない教師に

[印象に残ったこと]

★憲法と教育および改定前の旧教育基本法との密接な関連について
 改定前の旧教育基本法前文は「われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。……」と書かれていた。
 ここでの「さきに、日本国憲法を確定し」とあるのは、日本国憲法が1946年11月3日公布・1947年5月3日施行であることにたいして、教育基本法は1947年3月31日に公布・施行であることから、「確定し」と表現していた。
 2006年の全面改定で、この日本国憲法との直接的関連についての表現は消された!
★日本国憲法の三大原則について
 個人の尊厳がベースにある。一人一人の命と暮らしが最も重要。
 個人を超えた「公」「国家」「大義」など、ない!
①基本的人権の保障…中核をなすのは学習権
②平和主義…ユネスコ憲章の前文には、「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。」と、平和にとっての教育の重要性が書かれている。
③国民主権…主権者教育について「教員は自分の意見を言うな」は問題!

{ユネスコ憲章前文}
「この憲章の当事国政府は、この国民に代わって次のとおり宣言する。
 戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。
 相互の風習と生活を知らないことは、人類の歴史を通じて世界の諸人民の間に疑惑と不信を起こした共通の原因であり、この疑惑と不信の為に、諸人民の不一致があまりにもしばしば戦争となった。
 ここに終わりを告げた恐るべき大戦争は、人間の尊厳・平等・相互の尊重という民主主義の原理を否認し、これらの原理の代りに、無知と偏見を通じて人種の不平等という教養を広めることによって可能にされた戦争であった。
文化の広い普及と正義・自由・平和のための人類の教育とは、人間の尊厳に欠くことのできないものであり、 かつ、すべての国民が相互の援助及び相互の関心の精神を持って、果たさなければならない神聖な義務である。
 政府の政治的及び経済的取り決めのみに基づく平和は、世界の諸人民の、一致した、しかも永続する誠実な支持を確保できる平和ではない。よって、平和が失われないためには、人類の知的及び精神的連帯の上に築かれなければならない。
これらの理由によって、この憲章の当事国は、すべての人に教育の十分で平和な機会が与えられ、客観的真理が拘束を受けずに研究され、かつ、思想と知識が自由に交換されるべきことを信じて、その国民の間における伝達の方法を用いることに一致し及び決意している。
 その結果、当事国は、世界の諸人民の教育、科学及び文化上の関係を通じて、国際連合の設立の目的であり、かつ、その憲章が宣言している国際平和と人類の共通の福祉という目的を促進するために、ここに国際連合教育科学文化機関を創設する。」

★教育基本法改正から憲法改正へ向かうもくろみ
  教育基本法改正により、憲法との関連は断ち切られた。
  教育の目標として、「我が国と郷土を愛する…態度を養うこと」が書き込まれた。
 旧教育基本法第10条第1項「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである」は新教育基本法第16条第1項「教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行うべきものであり…」と変えられた。
 旧法の「国民全体に対し直接に責任を負って」は、政府は介在せず、教員と生徒との間で直接行われるべきことを定めていた。しかし新法の「教育は法律の定めにより行うべき」は、法律は政治家がつくるもので、政治の介入を招きかねないものになった。いま問題になっている「家庭教育支援法」制定の動きはまさにその懸念が現実化したもの。
 1976年の旭川学テ判決は、教育への介入は抑制的であるべきで、せいぜい学習指導要領まで、という内容だった。
 教育基本法改定で、政治の教育への介入がやりやすくなった。
※前川さんは、教育基本法改定の問題点を指摘するところでは、「その法改定の仕事をしていたんですけどね」とやや自嘲気味に語っていましたが、ある意味で吹っ切れているような印象も受けました。

★道徳の教科化の問題点
  道徳の授業で検定教科書を使うことになる。
  教科書を見ると、自由よりも自己抑制や自己犠牲を推奨する内容になっている。“ 個”よりも“集団の一員”としてのあり方を推奨する内容になっている。集団についても、家族や国家のことで、世界や地球は視野に入っていない。
 既にあるルール・決まりを守ることを強調し、自分たちでルール・決まりをつくることは書かれていない。
 個人の尊厳、地球市民としての自覚などは視野に入っていない。
 国は「道徳教育では、結論を押しつけてはならない」としています。しかし、ある出版社の道徳教科書には、「おはようございます、とおじぎをする仕方として、最も礼儀正しいのはどれか」を3つの選択肢(①「おはようございます」と言ってからおじぎをする ②「おはようございます」と言いながらおじぎをする ③おじぎをしてから「おはようございます」と言う)から選ばせるところがあり、正解も決められている。まさに結論を押しつける内容!
              *                    *                *

 講演のどこの部分だったかはハッキリしませんが、「今、国会議員のなかには、“南京事件などなかった”と本気で思っている人がいるんですよ!」と、驚きの気持ちを込めて語っていたことも印象に残っています。
 戦前の過ちの痛苦の反省のうえに日本国憲法がつくられ、戦後民主主義の価値観が形成され広がってきたのが、戦後日本の歴史です。歴史の逆流を許してはならない、との思いを強くした前川さんの講演でした。

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