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2016年8月10日 (水)

{県立津久井やまゆり園での殺傷事件を考える} 重度障がい者との日常と優生思想の克服

 8月9日の『しんぶん赤旗』に、この事件をめぐって考えさせられる記事が掲載されていました。ここに全文をご紹介致します。



<『しんぶん 赤旗(日刊)』 2016年8月9日(火)付 9面 学問・文化欄 から>

 ――相模原事件を考える――

 重度障がい者との日常と優生思想の克服

 【筆者】竹内章郎 岐阜大学教授(哲学、生命倫理学)
   1954年生まれ。著書…『いのちの平等論』、『哲学する<父(わたし)>たちの語らい ダウン症・自閉症の<娘(あなた)との暮らし』(共著)    

 神奈川県相模原市の津久井やまゆり園で重度障がい者が殺傷された惨禍。以前は「普通」に―何が「普通」かは本当に難しい―障がい者と接していたらしい元職員が、重度障がい者の人権無視や殺害を正当化するに至ったのだから、ナチスだけには限られない優生思想の問題は深刻だ。

■ナチスだけか

 意外に思われるかもしれないが、英国の社会保障制度の土台となる「ベバリッジ報告」(1942年)を作ったW・ベバリッジは、最低収入に値しない欠陥ある人の隔離収容と彼らからの自由や生殖の権利の剥奪を力説した。漸進的な社会主義的改革を目指したフェビアン協会の中心人物シドニー・ウェッブらも、自らを優生主義者だと公言し、産業社会に役立たない人を消耗品扱いしてその排除を主張した。

 『青鞜』で有名な平塚らいてふが、「普通」に生活できない子どもの出生は大きな罪悪だとし、福沢諭吉が人間の産育を家畜改良と同じにせよと言うなど(同じ発言は電話の発明者ベルにもある)、「不適合者」の排除思想である優生思想は広くはびこっており、効率至上の現在の新自由主義の人間観とも結びつく。

 米豪由来の生命倫理学で、IQ20以下の存在は人間ではなく殺しても殺人ではないと明言したJ・フレッチャーの優生思想は、“重度障がい者は人間の皮をかぶった物だ”と言った相模原事件の犯人の発言そのものでもある。

  もちろん「不適合者」の排除とはいっても、殺傷にまで至るか、施設などに隔離しての貧困なケアの強要にとどまるかではかなり違うが、今回の惨禍の背後にある優生思想は、僕たち自身をも捉えかねない。

■共同の豊かさ

 そこで優生思想の克服を本当に考えるための一助として、身近に重度障がい者と接するものとして、障がい者を巡る日常が「普通」になること、またその豊かさにふれたい。そんな話があまり知られていないことも優生思想がはびこる要因の一つだと思うからである。

 「優秀」な介助者ならくみ取れる意思を示すとはいえ、通常の言語的な意思疎通はままならず、食事や衣服の着脱はもちろん排泄も一人ではおぼつかない、それこそIQ20もない重度の知的障がいをもつ彼。彼が僕によりかかってテレビアニメに夢中な中、臭ってきた。ああ、やったなぁ、と大便の後始末が頭に浮かび、直前の少し尻を浮かせるサインの見逃しを悔やんで、やれやれと思う。

 けれど、やれやれと思う仕事が誰にでもあるように、この思いも当たり前で「普通」となる日常がある。「駄目でしょ、トイレでしょ」と僕に叱られる彼は、少し困惑しつつもオウム返しに「ぉトイレよー」とニコニコ顔で言い、便座に座って脚を広げ協力してくれる。だから便の拭き取りなども、手間はかかるが、信頼の視線を感じる僕のほほ笑みを誘う共同作業となる。

 どんな共同作業にもあり得る協力の楽しさを、彼との生活に慣れた僕は実感するし、そんな中で排泄の場の大切さを学びもする。

 腰や脚の付け根にもおよぶ軟便の処理には、確かにため息をつくこともあるが、その場合はトイレ後の風呂で、汚れに彼の手が触れないように工夫しての洗浄となる。洗われる彼が浮かべる気持ちよさそうな表情は、自然と理屈抜きに僕にも伝播する。

 そこには忙しさに追い立てられる生活とは全くちがう、ゆったりとした時間・空間のもたらす癒しや豊かさがある。真夏の今頃なら、ついでに一緒にシャワーを浴びて一緒に心地よくもなる。汚い話で恐縮だが、大便を巡ってやれやれと思うようなことの中にも、「普通」の楽しい共同の営みや心地よさがある。

 重度障がい者とのこんな「普通」の生活の積み重ねから(特に彼らに直接関わる人たちによって)紡ぎ出される新たなコミュニケーション技法やより豊かな文化がなければ、優生思想の本当の克服と真の共生は難しいのだと思う。

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