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2015年8月

2015年8月30日 (日)

8月30日(日)さがみはら全区いっせいパレード 1000人以上が集い、全国に呼応して、「戦争法案廃案!安倍政権退陣!」を訴える

  8月30日(日)におこなわれた『戦争法案廃案!安倍政権退陣! 8月30日(日)さがみはら全区いっせいパレー』は、

  緑区は、橋本駅北口に 約400人
  中央区は、淵野辺駅北口に 約250人
  南区は、相模大野駅南口に約500人 と、

 3区合わせて1000人を超える人が参加し、「戦争法案廃案!安倍政権退陣!」を訴えました。

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相模大野駅南口ペデストリアンデッキで参加者の『1分間スピーチ』



 南区、相模大野駅南口からは、霧雨のなか長い隊列でのパレードになり、沿道にアピールしました。

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2015年8月27日 (木)

戦争法案廃案!安倍政権退陣! 8月30日(日)さがみはら全区いっせいパレード

  8月30日(日)には、戦争法案の廃案をめざして「全国100万人行動」、「国会10万人大行動デー」が呼びかけられています。それに呼応して、相模原市では3つの区すべてで行動が計画されました。

 緑区は、橋本駅北口デッキ→パレード
 中央区は、淵野辺駅北口デッキ→パレード
 南区は、相模大野駅南口デッキ→パレード

 午後5時00分に各駅に集合。
 「開会宣言」→「1分間スピーチ」→「2分間スタンディングコール」
 午後5時40分 パレードいっせいスタート

  国会でも、草の根でも、安部政権を包囲して、戦争法案を廃案にしましょう。ぜひ、ご参加下さい。

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{8月24日(月)夕方、相模大野駅北口ペデストリアンデッキで宣伝し8月30日の行動への参加を呼びかける実行委員会のみなさん。連日の宣伝活動で戦争法案の廃案と行動への参加を呼びかけています。}

2015年8月26日 (水)

米陸軍相模総合補給廠内での爆発・火災事故についての申し入れ

 本日8月26日(水)、米陸軍相模総合補給廠内での爆発・火災事故についての申し入れを日本共産党神奈川県委員会と神奈川県議団連名で、県知事あてにおこないました。県側は二見政策局長と太田基地対策部長が対応し、早期の原因究明や地位協定見直しについては必要であり、県としても求めていく旨、発言がありました。

申し入れ文書「1.docx」をダウンロード


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2015年8月25日 (火)

相模総合補給廠で爆発火災

 8月24日(月)0時45分頃、米軍相模総合補給廠で爆発火災事故が発生しました。

 午前10時過ぎに、日本共産党の畑野君枝衆議院議員、相模原市議団(松永千賀子、竹腰早苗両市議)などとともに、相模総合補給廠すぐ近くのマンション9階に住み、自宅から爆発火災の様子をビデオで撮影しマスコミに映像を提供したIさんを訪問し、お話をうかがいました。

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マンション9階のIさん宅から相模総合補給廠を写す。既に鎮火していて、上から見下ろすほどの高さではないのではっきりとは事故発生箇所が確認できなかったが、写真中央部のやや右寄りあたりか。

 最初にパンパンと音がしたかと思うと、ドカーンという爆発音がして、20分くらい、ドカーン、ドカーンと続いた。振動もすごかった。 消防が来るのが遅かった。音がやんでから来た(10分後?)。朝7時頃に鎮火したが、防災無線でも何の発信もなかった。
  基地は早く全面返還してほしい。

 などなど、語って下さいました。

 そのほか、広範囲の地域で、真夜中の爆発音で目が覚め、不安で眠れない夜を過ごした、というお話を何人もの方からうかがいました。

  事故の原因はまだ米軍から報告されていません。「医療用あるいは溶接用として保管してあった酸素、窒素等のボンベが爆発した」「この倉庫には有害となる化学物質は保管されていないので健康被害の心配はない」などと米軍は説明していますが、これまでも在日米軍基地からPCB廃棄物等が集積された事実もあります。
 早期の原因究明とその公表、再発防止対策の実施が求められるとともに、地元自治体の立ち入り調査や地位協定の見直しも必要ではないでしょうか。

2015年8月21日 (金)

オスプレイが厚木基地に飛来(8月20日)

 8月20日、オスプレイが厚木基地に4機、19時15分、20分、23分、28分と続いて飛来したとの情報が、「爆音をなくし米空母の母港に反対する厚木基地周辺住民の会」から寄せられました。許せません。

2015年8月18日 (火)

箱根町を訪れて(8月17、18日)

 8月17日(月)、18日(火)と、日本共産党神奈川県地方議員研修会に参加しました。大涌谷の火山活動活発化による観光客減少に苦しむ箱根町の窮状に思いを馳せて、箱根湯本の「ホテル南風荘」に宿泊しての研修会となったのですが、8月17日(月)夜に箱根町の山口町長が挨拶にみえるというサプライズもありました。
 
  18日(火)は研修会終了後、山田箱根町議の案内で、ガス噴出の状況を遠くから望める場所(2箇所)に行ってみました。残念ながら雲が多かったため、ガス噴出の状況を見ることはできませんでしたが、距離があるのに硫黄の臭いを感じたり、早川が硫黄で濁っている状況を見ることが出来ました。山田箱根町議の話では、大涌沢で樹木が硫黄で枯れてしまい、土砂が大規模に流れ落ちるのではないかとの懸念が広がっているとのこと。

 最後に「箱根ビジターセンター」を訪れました。閉館時間の午後4時30分を過ぎていたにもかかわらず、所長さんをはじめ職員の方が対応して下さり、ていねいに説明して下さいました。箱根の地形と火山の歴史をあらわしたジオラマは必見です。

 8月7日に、日本共産党県議団として山田箱根町議とともに、『大涌谷の火山災害対策、生活・営業支援に関する緊急申し入れ』を県にたいしておこないましたが、引き続き対策の充実強化にむけて取り組んでまいります。

2015年8月16日 (日)

8月15日(土)終戦の日

 昨日発表された、戦後70年「安部談話」は、日本が国策を誤り植民地支配と侵略を行った事実を認めた「村山談話」の歴史認識を、安倍首相自らの認識として示すことなく、記者会見でも「具体的にどのような行為が侵略にあたるか否かについては歴史家の議論にゆだねるべきだ」と強調したことは重大です。
 さらに「安部談話」のなかで、暴力と強圧をもって韓国の植民地化をすすめた日露戦争を、「植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけた」と述べていることは、乱暴きわまりない歴史の歪曲(わいきょく)にほかならず、許せないという思いです。

 そんななかで迎えた終戦の日、8月15日(土)ですが、今年は、午前11時30分から神奈川県戦没者慰霊堂(横浜市港南区、京急または横浜市営地下鉄『上大岡』駅近く)で開催された「平成27年度神奈川県戦没者追悼式」に、県議会の厚生常任委員全員にご案内があり、藤井克彦も参加しました。

 それが終わった後は、神奈川県庁で午後1時40分から開催された「戦後70年・被爆70年特別講演と映画上映会」に参加しました。神奈川県行政の非核平和めざす取り組みなので、応援したい気持ちと、どれくらいの人が参加するのか、ちょっと心配な気持ちとで、参加した次第です。後半の映画の方は試写会で見させていただいたので、前半の被爆体験者の講演を聴きに行きました。

【会場あふれる大盛況】
 午後1時20分頃に会場に入ると、大会議場の1階はかなり席が埋まっていて、空席はまばらでした。最後部の真ん中辺に席を確保して座りましたが、講演開始時刻1時40分には、1階は満杯になり、2階席にも案内する状況になりました。講演開始後も参加者が続々と会場に入り、立ち見の人が増え続けました。大盛況となったことは、本当に良かったと思います。

【被爆者のお話】
 神奈川県原爆被災者の会会長・中村雄子さんのお話を聴きました。
  最初に神奈川県被爆者の会が作成したDVDを10分間見た後、お話が始まりました。
 中村さんご自身が自らの体験を描いた絵(ピカドンで飛び散ったガラスの破片で腕などから血を流している絵や黒い雨を避けて防空壕に入っている絵など)をはじめ、神奈川県の被爆者の方々が描いた絵を見せていただきながらお話を聴きました。

 中村さんは、1988年8月7日にNHKで放映された番組「夏服の少女たち」で描かれた女学校1年生223人の上級生だったとのこと。1年生223人全員が原爆で亡くなったことを、本当に痛ましく、悔しく思われていることが伝わってきました。亡くなった1年生の一人、森脇瑤子さんの日記が「森脇瑤子の日記」として出版されたこと、1年生223人は「建物疎開」の作業中に被爆したこと、「建物疎開」とは、空襲時に建物の延焼を避けるために、軍の一方的な命令で、住居を追い出されて住んでいた家屋を壊されてしまうことであり、その後片付けを女学校1年生がやらされていたこと、など、初めて聴くことが少なからずありました。

  中村さんは、原爆投下後10年間、アメリカの指示で原爆に関する報道規制が敷かれたことで、その間、核兵器は世界に増え続けてしまった、そことが悔やまれてならないと、切々と訴えられました。

 また、NPT再検討会議に中村さんが2005年、2010年、2015年と3回参加されたなかで、2005年の1回目に参加して被爆体験を話したとき、米国の記者から「リメンバー・パールハーバー」と言われたが、「あなたの子どもに原爆が落ちたらどう思いますか」と問い返すと、記者は何も言えずに黙り込んでしまったそうです。
 2回目、3回目と回を重ねるなかで、被爆への理解は広がっていったとのことです。

2015年8月11日 (火)

神奈川県の非核平和めざす取り組み(8月15日)

 8月15日(土)に下記の企画をおこなうとの情報提供が、神奈川県当局からありました。

           

                           記


 終戦記念日に非核・平和の取組みとして被爆体験者の講演と映画上映会を実施します

1 目 的
 今年は戦後70年、被爆70年の節目を迎えます。そこで、県民の皆さんに戦争の悲惨さや平和の尊さを改めて考えていただくため、終戦記念日である8月15日に被爆体験者の講演と映画上映会(非核・平和特別事業)を実施します。

2 概 要
(1) 日 時
平成27年8月15日(土)13:40~16:30 ※当日は本庁舎公開日
(知事挨拶 13:35~13:40)
ア 戦後70年・被爆70年特別講演 13:40~14:40
イ ドキュメンタリー映画上映会 15:00~16:30
ウ パネル展示等 10:00~21:00

(2) 場 所
 県庁本庁舎3階 大会議場(横浜市 中区 日本大通1)
 JR京浜東北線(根岸線)/横浜市営地下鉄 「関内駅」から徒歩約10分
 みなとみらい線「日本大通り駅」県庁口出口からすぐ
 ※駐車場はありませんので、公共交通機関をご利用ください。

(3) 参加費・申込
 参加費無料 申込不要(先着100名)

(4) 内 容
ア 戦後70年・被爆70年 特別講演
 「原爆の日を語り継ぐ ~ふたたび子どもたちを被爆者にさせないために~」
語り部  中村雄子氏による体験談
    プロフィール
    ・神奈川県原爆被災者の会 会長
    ・広島出身
    ・現在は、核兵器廃絶の運動に取り組む

【講演概要】
 被爆者(語り部)である中村氏は、原爆投下時、広島県立広島第一高等女学校の2年生で13歳。学徒動員中に広島市(爆心地から2.8㎞)の工場で被爆。
 市内中心部に動員されていた下級生(女学校1年生)223人全員が大やけどを負い、水を求めながら死んでいったことなど、原爆の日を語る。

イ ドキュメンタリー映画「ヒロシマの校庭から届いた絵」上映会
 【映画概要】
このドキュメンタリー映画は、戦後間もない1947年に被爆地広島の小学生達が描いた絵画が、数十年を経て米国の首都ワシントンにあるオール・ソウルズ・ユニテリアン教会の地下室で偶然に発見されてから、2010年の故郷への里帰りまでを追いかけたもの。悲惨な時代にありながら、忘れられることのない思いやり、悲劇に直面しながらも失われない希望、絶望を克服する喜びを描いた子ども達と、米国市民との友好のお話である。

【制作者】 重藤マナーレ静美
【略歴】  広島生まれ、米国メリーランド州在住の創作現代舞踏家・振付師・演出家

ウ パネル展示等
(ア)原爆被害の実相を伝えるための、広島・長崎の被爆時の写真のパネル
(イ)広島・長崎での原爆投下後の悲惨な体験を伝えるための、神奈川県在住の被爆者が 描いた絵と証言のパネル
(ウ)書家・金澤翔子氏によって書き下ろされた平和への思いを表現した書

など

2015年8月 7日 (金)

大涌谷の火山災害対策、生活・営業支援に関する緊急申し入れ

 本日、神奈川県にたいして、『大涌谷の火山災害対策、生活・営業支援に関する緊急申し入れ』を日本共産党県議団、日本共産党県委員会、日本共産党箱根町議会議員の連名で行いました。山田和枝箱根町議会議員も県議団とともに参加し、地元の切実な声を伝えました。
 県側は、安全防災局総務室長と災害対策課長が対応しました。

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  大涌谷の火山災害対策、生活・営業支援に関する緊急申し入れ「20150807.pdf」をダウンロード

2015年8月 1日 (土)

「ストップ戦争法! 7・31大集会inさがみはら」に 1600人が集う

  本日7月31日、相模大野中央公園で「ストップ戦争法! 7・31大集会inさがみはら」が18時30分から開催されました。

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{集会開始直前の様子。この後、参加者は増え続け、「全体もっと前に詰めてください」と司会者が呼びかけることに。}

 1600人が集まる文字通りの大集会となり、メイン弁士として、藤井裕久民主党顧問{元衆議院議員・元大蔵大臣・元民主党幹事長}が「戦争は絶対にしてはならない」と熱をこめてお話をされました。

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 続いて、各政党からご挨拶

民主党から本村賢太郎衆院議員

日本共産党から畑野君枝衆院議員

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社民党から金子豊貴男市会議員

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各政党の県会議員、市会議員が紹介されました(無所属議員も)。

高校生からの発言もあり、「保育士を目指しています。戦争のない日本で、いつまでも保育士としてがんばりたい」との訴えは、感動を呼びました。

 集会後は、相模大野駅前や女子大通りをパレードして、“戦争法案廃案”“強行採決絶対反対”“安部政権は退陣せよ”などとアピールしました。

 今後の運動の発展へ、大きな力となった集会でした。

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