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2011年4月

2011年4月28日 (木)

ふれあいサロンに参加

 昨日、いや、もう一昨日になりますが、4月26日(火)、地元の旭自治会主催の「ふれあい会」(全市的には、高齢者の交流の場づくりとして「ふれあいサロン」と言われていて、市がお茶菓子代を補助している事業)に参加しました(於:旭自治会館)。

 毎月おこなわれているのですが、平日の午前中という時間帯なので、ふだんは議会の日程等でなかなか参加できなかったのですが、今回は選挙が終わった直後で、新しい議会が招集される前の時期ということで、参加できました。と言っても、「行っても受け入れてもらえるだろうか」「女性が多そうだし、内容も歌や踊りとなっているし、行っても居場所がないのではないだろうか」などと躊躇や逡巡があったことは否定できません。それこそ「心を整え」て、勇気を出して、参加しました。

 行ってみると、幹事の男性一人を除いてすべて女性。20人から30人程度の参加者で、民生委員の方が4~5名いらっしゃいました。
 企画は、椅子に座ったままできる健康体操、2人で向き合って歌を歌いながら手を合わせる、口やあごを動かす発声練習、童謡などの歌、そして炭坑節と東京音頭の盆踊り。最後にお茶菓子タイム。
  照れくさかったのなんのって。でもとにかく10時から12時近くまでの時間、最初から最後までがんばりました。みなさんから「黒一点で良く来てくれたね」「男性を誘ってまた来てね」などあたたかい声をかけていただき、ホッと胸をなでおろして帰宅しました。それにしても中心になって指導的な役割を果たされていた民生委員の方々はご立派というか、指導力というか、感服いたしました。

2011年4月25日 (月)

今朝(4/25)の駅頭宣伝

 今朝(4/25)は東林間駅の3つの昇降口の最後、東急ストア前でビラ配りをしました。
 今朝は4人の方との出会いが印象的でした。
 頭にかぶっていた帽子をとって深々とを頭をP4250128 下げて礼をしてくれた男性。
 「藤井さん、おひさしぶりです。」と声をかけてビラを受け取ってくれた女性。
 駆け寄るようにしてビラを受け取ってくれた女性。
 「藤井さん、えらいよ。ちゃんと選挙結果報告とあいさつをして。」と言ってくれた男性。

 今日で選挙結果報告のビラまきを主とした早朝駅頭宣伝は終わります。マイクでの演説よりも通行する方に直接ごあいさつすることを優先しておこなってきたことは、それなりに有意義だった、と思っています。

 今後はどうするか、それが問題です。

2011年4月24日 (日)

長谷部誠著『心を整える』を読む

 フジテレビの番組「特ダネ」のなかで、小倉キャスターがサッカー選手・長谷部誠氏の著作『心を整える』を「いま、売れています」と紹介しているのをたまたま見て、興味を持ちました。選挙というなかで本を読むということからしばらく離れていたのですが、選挙が終わったという開放感も手伝って、早速購入しました。『心を整える』というタイトルそのものに惹きつけられ、また小倉さんが抜粋して読み上げた数行の下りがとても印象に残ったからです。一気に読みました。

【まえがき】
 僕のキーワードは「心」です。僕は「心」を大切にしています。…
 僕にとっての「心」は、車で言うところの「エンジン」であり、ピアノで言うところの「弦」であり、テニスで言うところの「ガット」なのです。???という感じかもしれませんが、「メンタルを強くする」と言うよりも、「調整する」「調律する」と言った方が適している感覚。車のエンジンに油をさし、ピアノの弦を調律する、そしてテニスのガットを調整する、そんな感覚を心に対して持っているのです。
 つまりは「心をメンテナンスする」「心を整える」ということ。僕はそれを常に意識して生活しています。常に安定した心を備えることによって、どんな試合でも一定のパフォーマンスができるし、自分を見失わなくてすみます。
 

【01】意識して心を鎮める時間を作る
 …サッカーから離れた遊びが、選手たちの気分転換に一役買っていた。けれど、僕は何もやらなかった。
 それには理由があった。
 一日の最後に必ず30分間、心を鎮める時間を作りたかったのだ。
 …京セラの創業者、稲盛和夫さんの本にあった、次の言葉に出会った。「一日1回、深呼吸をして、必ず心を鎮める時間を作りなさい」まさに当時の僕に必要な習慣だった。

 などなど、感心しながら読んでいました。

 読み進むうちに自分の期待するものから外れていく感じでしたが、それでも、“心を整える”という発想は、今の私には新鮮で、潜在的に求めていたものにめぐりあえた感じでした。

 これから心して、“心を整え”てやっていきたいと思います。

2011年4月23日 (土)

「原発の『安全神話』を告発する緊急学習会」に参加

 今日4月23日(土)、相模原自治体問題研究会主催の「原発の『安全神話』を告発する緊急学習会」に参加しました。
 市内在住・元日立製作所日立研究所研究員(工学博士)で原発など発電機の火力タービンや原子炉燃料棒などの材料に関する研究を進められ、原発反対の住民運動にもかかわってこられた、篠田哲守さんからお話しを聴きました。
 専門的な内容もたくさん含まれていましたが、とても聞きやすいお話しでした。 質疑応答のなかで、米原子力空母「ジョージ・ワシントン」が3月11日の地震のとき、津波の引き波で水深が下がり、座礁して冷却用の水を取水できなくなる恐れを感じて早々に避難したということが出され、これもやはり「安全神話」につかっていたら大変なことになる、との思いを強くしました。原子炉からの汚染水を希釈して海に流していて、「モニタリングをしている」、と言いながらも、そのデーターがデタラメだったことが日本共産党の不破哲三氏によって国会で暴露されたことも紹介されました。
 また、相模原に近い浜岡原発での事故を想定した対応なども話題になりました。

 既に放射能汚染の状況を把握するための相模原市独自の検査体制の確立や飲料水ペットボトルの備蓄など市に申し入れたところですが、いろいろと考え、対応していかなければならないと身の引き締まる思いでした。

2011年4月22日 (金)

今朝の駅頭宣伝 東林間駅西口(?)

 今朝(4月22日)も、マイクでの訴えはせずに、ビラ配りと「おはようございます」のあいさつというかたちで、東林間駅西口(?)で早朝宣伝をおこないました。

 東林間の駅は、昇降口が3つ{=北口・西口・東口}あり(細かく言えば4つありますが)、正直、宣伝活動はやりづらい駅です。いつもは、踏切横の車道に面した北口(?)でスピーカーをホーム側に向けて私がマイクで訴え、後援会の人たちに3つの昇降口でビラをまいてもらっています。なので、私自身が西口の昇降口に立つのは久しぶりだったのです。西口の昇降口を通って通勤する人に私自身としてごあいさつをしたい、という思いで今朝も立ちました。

 そうしましたら、一人の方が、立ち止まって私の方をしげしげと見ながら「藤井さんですか?」とたずねたのです。「そうです。藤井です。」と答えると、「いつも熱心にご苦労さま。私は選挙で共産党以外には入れたことがないんですよ」と声をかけてくれました。直接顔を見せることができずに声だけのごあいさつで失礼していたのに、あたたかいお言葉をいただき、うれしく思うとともに、私に代わってビラを配りながらごあいさつをしてくれる後援会の方々に感謝感謝です。

選挙後の早朝駅頭宣伝にて

 4月10日に選挙が終わり、結果報告の早朝駅頭宣伝を13日(水)から始めました。13日(水)古淵、15日(金)相模大野、18日(月)町田駅南口、20日(水)小田急相模原駅南口、21日(木)東林間駅交番側とやってきました。
 宣伝、といっても、マイクを使って演説をしたのは相模大野と町田だけで、その他は選挙結果報告のビラを「おはようございます」と肉声で言いながら配るだけ。
通る人の一人ひとりにごあいさつしたい、という気持ちが強く、また「おめでとう」と言ってくれる人がいるだろうか、もしいるならマイクで話していると声をかけづらいのでは、と思ったことと、選挙でヒートアップした後、「クールダウン」の一時期があっても良いのではないか、と思ったこともありました。

 小田急相模原駅南口では、高齢の女性の方が通りかかり(駅に向かって階段やエスカレーターを上がっていくのではなく)、「ビラをほしい」と手を伸ばしてきてビラを受け取り、その場を立ち去りましたが、しばらくしてまた通りかかり、「そうだよね。全体の結果が知りたいよね。ビラをもらって良かった。がんばってね」と声をかけてくれました。こんな反応もあるんですね。

 21日の東林間駅では、30~40代の男性から「危なかったな!でも良かったなあ」と声をかけられました。

 15日の古淵駅では、途中からIさんがビラまきの応援に来てくれました。「息子が駅から帰ってきて『藤井さんが一人でビラを配っているよ』と言うから来たんだ」とのこと。ありがたい、ありがたい。

2011年4月17日 (日)

選挙戦のなかで被災者支援

 今回の選挙は、大震災、原発事故、計画停電など、かつてない状況のなかでたたかった選挙戦でした。

 選挙期間中、候補者として宣伝カーで(大震災、原発問題、福祉優先の市政などについて)街頭演説をしているときに、中学生か小学生(高学年)かと思われる男の子が2人、家の中から出てきてじっと聞いてくれて、何回も「がんばって下さい」と声をかけてくれました。
 乗務員の人が話しかけると、兄弟で「福島から相模原の親戚の家に避難してきている」とのことでした。

 4月4日から相模原市は、給食サービスやタクシー券補助など高齢者や障害者向けの福祉サービスを市内に避難してきている方々にも提供することを始めました。
このような情報は、市が設けた避難所で生活している人には伝わりますが、親戚や知人など個人宅に身を寄せている人にはなかなか伝わりません。そのことは、私自身、1995年の阪神淡路大震災の救援ボランティアで経験し実感したことでもありました。
 その後の街頭演説では、「親戚や知人など個人宅に身を寄せている方がおられましたら、福祉サービスを利用できるかどうか、相模原市役所に問い合わせてみて下さい」とご案内をするようにしました。

 選挙後、市当局にたいして、個人宅に避難してきている被災者の把握とそこへの情報提供を求めました。市も「現在は実態を把握していない。今後把握につとめ、情報提供をさまざまな形でおこなっていきたい」と応じました(4月14日)。

2011年4月14日 (木)

選挙結果

 4月10日投票の相模原市議会議員選挙において、藤井かつひこは、3503票のご支持をいただき、市議5選を果たしました。

 日本共産党は5人の候補者(緑区1,中央区2,南区2)を擁立して1議席増をめざしましたが、4議席(中央区2,南区2)の獲得となりました。

 公約実現に奮闘いたします。引き続き、ご支援をよろしくお願いいたします。

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