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2011年3月17日 (木)

東日本大震災の被災地に思いをはせて(10)福島県 神山悦子 県議

東日本大震災の被災地に思いをはせて、被災地とその近隣地の日本共産党地方議員が作成しているホームページやブログにアクセスしてみました。福島県 神山悦子 県議のホームページから転載します。

県議会の日程を2日短縮し、きょう閉会                                                                                                                県へ原発震災への第4次要望を申し入れ

2011 年 3 月 14 日 e-kamiyama コメント 2 件

14日、本来なら県議会の総括審査会をきょうから2日間開く予定でしたが、11日の地震災害・原発災害発生を受けて中止しました。議場は、天井ガラス板が落下。私の議席はコンクリート破片などで真っ白でした。

 16日が閉会の予定でしたが、今日14日中に採決・閉会とすることで合意し、結局最終本会議は夜7時30分から開催し、8時過ぎに閉会となりました。

 その合間をみて、断続的な地震の揺れの中で、めちゃめちゃになった控室の片付けをしたり(この部屋も危険なので別の部屋へ引越しすることに)、県災害対策本部へ申し入れをしたり夜8時半まで県庁内にいました。

 ところで、県議会の災害対策本部(議長が本部長)を設置することを本会議で決定し、その第一回目の会議を本会議終了後に開催。共産党からは私が委員となりました。

 議長は最初設置後の委員選定と顔合わせと考えていたようですが、ガソリン不足や避難所不足など緊急に対応すべきことがあると自民党から意見が出ましたし、私も、それに加えて原発の被曝者避難民への対応も早急にすべきと提案。これらの意見を議長から緊急に県へ申し入れすることで一致しました。

 それにしても、きょうも、東電の福島原発は次々と炉心溶融をおこし、海水で冷やすも結局ダメで、完全に制御は難しい状態になっています。

 そして、恐れていたプルトニウムを含むMOX燃料を入れた第一原発3号機が、きょうついに爆発。第二原発も危ない状態です。一方、原町共同火発も重油タンクが爆発しました。【報道する福島民報・民友の2紙】

 現実に今、原発震災の実態をみて、「原発問題は、まさに共産党が言っていたいうとおりになった」と各方面から率直な感想が寄せられています。

 きょうは、ある週刊誌の記者から電話をいただき、07年に東電へ申し入れた原発震災対策を求めた県議団のHPの文書をみたが、今現実に起きている事態への的確な指摘だったといわれ、コメントも求められました。

 また、県議会の会議の合間をぬって、共産党県議団と県委員会の連盟で、藤川県議と一緒に県へ第4次の申し入れを行ない、県生活環境部の荒竹次長が応対しました。

 緊急車両などを含め、県民もガソリン不足は深刻で、国へ直ちに対策をとるよう要請することや、被災地に取り残されている障がい者、病人、高齢者など災害弱者を緊急に救出すること。避難民の受け入れは余裕が亡くなっていることから、雇用促進住宅の活用など公営住宅の開放をすること。

 原発地域からの避難者への対応については、ヨウ素剤の配布をすでに申し入れたが実際に配布されていないことから急ぐよう求め、スクリーニングする機材や体制の確保なども求めました。

  本会議場が使用できず、本庁舎5階の正庁で2月県議会最終本会議が行なわれました。(14日夜7時半~8時10分)

写真は、提案された88議案のうち、東港建設、やまの道林道建設(旧緑資源)のムダ遣いや職員350人削減などの11年度予算案・2月補正予算案と、各種手数料・使用料値上げ8議案、県の建設事業へ市町村負担を求める議案など23議案に反対し、採決で着席する党県議団。意見書7件は、全会派一致で採択。人事案件2件は、いずれも再任のため反対。

カテゴリー: 県政・県議会 タグ:

党県議団と県委員会が、東日本大震災で知事へ要望申し入れ                                               県議会は、総括審査を中止し16日に閉会

2011 年 3 月 13 日 e-kamiyama コメント 1 件

 12日は党県議団と県委員会で、13日は大門実紀史参院議員も加わり、相次いで知事へ大震災の要望申し入れを行ないました。共産党県委員会は11日夜に震災対策本部を設置し、情報収集を行なってそれをふまえての要望です。

 私自身は、郡山だったので、申し入れには同行できませんでしたが、震災発生翌日の12日の申し入れでは、特に原発めぐる最悪の事態への対策、避難県民やライフラインの復旧、物資の提供など5項目について要望しました。

 特に、原発は、共産党の指摘してきた通り、最悪のシナリオをたどっていることを指摘し、あらゆる方策をとって人命と環境負荷を抑えること。そして、全県民規模のヨウ素剤を準備市、配布するよう求めました。

 時間との勝負になっている人命救助に全力をあげることや、各避難所での発電用ガソリン、ストーブ用の灯油、水、毛布、食料が不足しているため、国に要請すること。保健師を配置指、乳幼児、重度障がい者、高齢者への対応を図ることも求めました。

 13日の第2次申し入れでは、日本発の原子炉炉心溶融によるレベル4の大参事となり、被曝者が次々と発生するなど、一刻の猶予も許されない事態です。

 避難区域を半径50キロ以上に広げること、半径100キロ地域の避難計画をただちに準備することをまず求め、ヨウ素剤を原発に近い地域からすぐ配布を始めることや放射性物質の拡散時に必要なマスクや物資を全県民規模で確保すること。

 県自ら情報をいち早く集め、国や東電待ち出なく必要な措置を取ること、全国の原発をた直ちに停止し検査するよう、国と東電に申し入れることも要望しました。

 ところで、震災を受けて県議会の方も、残り3日間の運営について議長召集のもとで各派代表者会議で協議。団長の私にもお呼びがかかり、渋滞で少し遅れましたが県庁へ行ってきました。16日閉会はそのままですが、14~15日に予定していた総括質問は中止することになりました。

カテゴリー: 日常活動 タグ:

東北太平洋沖地震被害、福島県でも甚大                                             東電福島第一原発1号機が爆発

2011 年 3 月 13 日 e-kamiyama コメント 2 件

 11日、午後2時46分に発生した大地震の恐怖の体験を、私は一生忘れないだろうと思います。それは、今回の地震を体験された多くのみなさんも同じではないでしょうか。

 マグニチュード8.8と記録され、明治以降の観測記録では過去最大規模の地震で、東北太平洋沖地震と名付けられました。太平洋プレートが大きく動いたようです。

12日は、地元の被災のようすをみて回りました。中田町では、電気やガスは大丈夫ですが、市水道も簡易水道も配管の破断などで給水されないため、行政センターで給水車による配給を行っています。職員にあいさつしながら、わが家ももらってきました。

 中田の老人施設では、飲み水はもらえるが、食事、トイレの水がないと聞きました。その帰り、自然にわき出ている水をくんでいる施設所職員の姿がありました。

 地元の被害は屋根瓦が落ちた世帯が結構多くありました。ブロックべいが落ちたり、道路の陥没、法面の崩れも少しありました。強い余震は、きょうも続いています。

 

 【中田行政センターで給水車から水をもらう住民】

     

 

 

「屋根瓦が落ちた被害】

【倒れたブロク塀】

 11日の地震発生時は、県議会の企画環境委員会の審査を終え、控室に戻りほっとしたばかりでした。すでに、宮川県議は午後2時の高速バスで地元へ向かっている最中。私は藤川県議と2人で控室にいました。

 耐震診断Dランクの県庁が地震で大きく揺れ出したので、私は部屋のドアを開けて廊下へ半分出たところ、入口近くの本棚がバタンと倒れ、部屋は危ないと藤川さんと2人で廊下の壁につかまっていたら、電気がついたり消えたり蛍光灯が激しく揺れ、壁の細かい粉がパラパラと・・・。ガラス窓は危ないしと2人で怯えながらも必死でした。その時間のなんと長いことか。

 いったん治まりかけた時、外へ逃げようといつもの階段へ行ったら床が壁の破片だらけでぞっとし、広い方の階段へ向かうとやっと職員のみなさんと一緒になりました。

 すぐそばのもみじ山公園は、県職員や議員であふれました。庁内には許可が降りるまでは戻れなくなり、雪まで降ってきたので、知事公舎でトイレを借りてそのままテレビの地震・津波情報をみていました。

 相馬市と南相馬市があっというまに飲み込まれていくようすが映し出され、行方不明者はその後1,800戸も・・・。老人ホームもその犠牲に。甚大な被害にただ驚くばかりです。

 余震は何度も続きましたが、夕方6時近くにようやく中に入ることが許可され、車のキーとケータイ、バッグやコートをとってきました。控室は、本棚が倒れて書類が散乱し足の踏み場がない状態でした。帰りは、福島市内の大渋滞を3時間でようやくくぐり抜け、自宅に着いたのは夜10時半を大きく回っていました。

           *******

 ところで、12日午後3時半すぎ、東電福島第一原発1号機が爆発しました。放射能漏れの可能性は否定できません。東電社員2人と作業員2人がケガをし、避難住民の3人が被曝し双葉厚生病院で汚染除去をしたと報道されています。住民避難の範囲は、政府の指示で半径10キロから20キロに拡大されました。しかし、ヨウ素剤を避難住民に配ったのかどうかは聞こえてきません。

 地震被災と原発の放射能漏れによる労働者と住民への複合被災は大変なものです。原発の危険性については、党県議団が一貫して指摘してきたのに、国も県も、そして東電も無視し、まともに応えようとしてこなかったのです。一方、その彼らを支え原発を推進してきたのは自民・公明、民主の各党です。

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