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2011年3月

2011年3月31日 (木)

計画停電によるJR相模線運休時に代替バスを運行します(相模原市HPより転載)

計画停電によるJR相模線運休時に代替バスを運行します

JR相模線につきましては、東北地方太平洋沖地震発生以来、運休が続いておりましたが、3月28日の始発電車から全線で運転が再開されました。
しかしながら、計画停電の実施状況等により、一部時間帯で運休となる可能性があることから、その間の相模線利用者の交通を確保するため、神奈川中央交通グループにご協力をいただき、下記のとおり代替バスの運行を行います。

代替バスの運行方法                            

計画停電によりJR相模線に運休が発生した場合、実施される計画停電時間帯において、代替バスを運行します(運賃は無料)。
なお、JR相模線が運行している場合は、代替バスは運行いたしません。

(例)午前6時20分から午前10時まで計画停電が実施された場合
「橋本駅発相武台下駅行き」及び「相武台下駅発橋本駅行き」を午前6時30分発から午前9時30分発まで、それぞれ1時間間隔で運行します。

運行区間                                 

橋本駅~南橋本駅~上溝駅~番田駅~原当麻駅~下溝駅~相武台下駅
※乗降は各駅付近に設置する乗降場所のみとなります。

運行時間帯及び運行本数(両方向とも)

  • 運行時間帯 午前6時台から午後9時台まで
  • 運行本数 1時間に1本(始発駅を毎時30分発)

運行時刻は、別紙時刻表のとおり(道路混雑等により、時刻表どおりに運行できない場合がありますので、ご了承ください。)

運行予定期間

平成23年3月31日(木曜日)以降、計画停電が実施された日から当面の間
(注)今後の相模線の運行状況及び利用者の状況により、変更になる場合がございます。

その他

神奈中観光のバス車両(観光バス)を使用し、車両前面に「相模線代替バス」の表示を行います。

PDFファイルをご覧になるには、Adobe Readerが必要です。adobe社(外部サイト)で無料配布していますのでご利用ください。既にAdobeReaderがインストールされているPCで閲覧できない場合は、最新バージョンをお試しください。

※上記リンクは「Weblio辞書」のページを新しいウィンドウで開きます。
用語解説については、「Weblio」までお問い合わせください。

このページに記載されている情報の担当課

都市鉄道・交通政策課
住所:〒252-5277 中央区中央2-11-15 市役所第1別館4階
電話:042-769-8249 ファクス:042-757-6859
メールでのお問い合わせ専用フォーム

電源喪失による最悪事態を警告 2011年3月26日(土)「しんぶん赤旗」

2011年3月26日(土)「しんぶん赤旗」

電源喪失による最悪事態を警告

福島原発事故でメディア注目

吉井衆院議員 繰り返し追及


 東日本大震災、福島第1原発事故で最悪事態がおきる危機に直面するなか、ネット上で話題となっている日本共産党の吉井英勝衆院議員の原発質問。「東京」24日付の特報企画や、『サンデー毎日』4月3日号などでもとりあげられました。「質問内容を教えてほしい」と赤旗編集局にも問い合わせが相次いでいます。


水素爆発の危険も指摘

写真

(写真)津波による深刻な原発事故を指摘した吉井議員の質問を大きく報じた「赤旗」(2006年3月2日付)

 「原発8割 冷却不能も」「津波引き波5メートル取水できず 炉心溶融の恐れ」――「赤旗」がこんな見出しで1面トップで報じたのが、2006年3月1日の衆院予算委員会第7分科会の質問です。ネット上でも話題の質問で、吉井氏は大津波と原発事故についてとりあげました。

 今回の大津波は福島第1原発の非常用電源を破壊し、炉心の冷却機能を奪いました。

 この5年前に吉井氏は、津波の“押し波”とともに、“引き波”の影響が大きいと、チリ地震(1960年)の事例をもとに質問しました。

 「(押し波が高ければ)水没に近い状態で原発の機械室の機能が損なわれ」「(引き波が大きければ)原発の冷却機能が失われる」

 吉井氏は深刻な影響について、押し波・引き波、ともに想定せよと迫ったのです。

 津波が東北地方を直撃したチリ地震による“引き波”は三陸海岸で約25分も続き、原発のある宮城県女川町で海水面が推定6メートル低下した記録があると質問で明らかにした吉井氏。「東北電力女川原発の1号機、東電福島第1の1、2、3、4、5号機、この6基では、基準水面から4メートル深さまで下がると冷却水を取水することができない事態が起こりえるのではないか」とただしました。

 原子力安全・保安院は、非常用ポンプ吸い込み水位を下回る海面低下で取水困難になる原子炉は、4メートル低下で28基、5メートル低下で43基もあることを答弁で明らかにしました。

 今回、福島第1原発の原子炉は地震で緊急停止しましたが、送電鉄塔経由でくる外部からの電源が得られなくなった上に、原子炉に付属して置かれた内部電源である非常用ディーゼル発電機が津波で破壊されて、海水を取り込むポンプを動かせなくなり、原子炉の温度が核燃料の崩壊熱で異常に上がり、原子炉建屋が水素爆発で吹っ飛ぶ事態まで引き起こしました。

 津波による炉心冷却機能喪失の危険、水素爆発の事態を予見していた吉井氏。「崩壊熱が除去できなければ、炉心溶融であるとか水蒸気爆発であるとか水素爆発であるとか、要するに、どんな場合にもチェルノブイリ(原発事故)に近いことを想定して対策をきちんととらなければいけない」と政府を追及していたのです。

“安全設計”と保安院強弁

写真

(写真)使用済み核燃料貯蔵プールを視察する調査団。手前右から吉井英勝、高橋ちづ子両衆院議員=2004年9月6日、青森・六ケ所村

 “大地震・大津波被害と原発”“電源喪失と炉心溶融”“放射性物質と広域被害”。今回の事故で注目されているキーワードです。吉井氏はこれらをとりあげ、最悪の事態を想定して政府に対応を求めていました。

 昨年5月26日の衆院経済産業委員会での質問では過去の事例も示し、巨大地震で原発の外部電源や非常用の内部電源が切断されるため、炉心を水で冷やす機能が働かなくなり、最悪の事態を想定せよと迫ったのです。

 「内外の例から見ると、やはり最悪の事態を想定しなきゃならない。(炉心内の)自然崩壊熱が除去できなくなる。それは炉心溶融にも至りえる大変深刻な事態を考えておかなきゃならない」

 こう述べて、炉心溶融などが起きたときの放射性物質の放出量、その影響・被害調査の実施を提案しました。

 政府答弁は「そういったことはあり得ないだろうというぐらいまでの安全設計をしている」「論理的に考え得る、そういうもの」(寺坂信昭・原子力安全・保安院長)。「想定外」で、現実にはあり得ない頭の中の話という姿勢でした。

 福島第1原発事故で原子力安全・保安院は1号機で「炉心溶融が進んでいる可能性がある」(12日)と初めて現実問題と認めました。原子炉中心部が異常な過熱で破損され、放射性物質の大量放出につながる炉心溶融とみられる重大事態は、2号機、3号機でも進行中です。

 この危機を東日本大震災10カ月前にとりあげた吉井氏は、「頭の体操ではない」と政府を叱りながら“安全神話”に縛られた原発行政の転換を訴えたのです。


原発質問の議事録を見るには

 吉井英勝衆院議員が追及した原発問題の質問は、同氏のホームページで議事録を見ることができます。ホームページのアドレスは次の通りです。

 http://www.441-h.com/message.html


党県委「津波で苛酷事故」 07年

写真

(写真)日本共産党福島県議団らの東京電力への申し入れ(07年7月)に着目した『女性自身』4月5日号(左)と『ニューズウィーク日本版』3月20日号

 福島原発はチリ級津波が発生した際には機器冷却海水の取水ができなくなり、過酷事故に至る危険がある―2007年7月24日に東京電力に抜本的な対策を迫った申し入れが、いま、商業メディアに注目されています。この申し入れは、日本共産党福島県委員会、党福島県議団、原発の安全性を求める福島県連絡会が行ったものです。

 「『津波発生で苛酷事故に』! 東京電力が握り潰した『欠陥警告』(レポート)」との見出しで報じたのは、女性誌『女性自身』4月5日号。「07年7月、福島県議団らが東京電力に提出した要望書。そこには今回の“悪夢のシナリオ”が予告されていた―」。ここでいう県議団とは、日本共産党福島県議団のこと。同誌は、共産党県議の神山悦子議員を登場させ、当時の要望書の内容を紹介。「福島第一原発の欠陥を、神山議員たちは4年前の時点で、警告していたのだ」「警告を受け止め、真摯に安全対策を講じていれば、惨事は起きていただろうか」と報じています。

 米誌『ニューズウィーク日本版』3月30日号も「福島第一の損傷部分と原発が抱えるリスク」と題する記事のなかで注目したのが、共産党福島県議団らの東京電力への申し入れでした。同誌は「福島原発の津波のリスクは東電が想定していなかっただけで、その危険性は以前から指摘されていた」として、07年7月の党県議団らの申し入れを紹介。「その中では耐震性のほかに『福島原発はチリ級津波が発生した際には、冷却海水の取水ができなくなることが明らかになっている』と早急な津波対策も求めた」として、東電側の対応を問うています。

東電への申し入れから

 日本共産党福島県委員会、党福島県議団、原発の安全性を求める福島県連絡会が2007年7月24日、東京電力の勝俣恒久社長(当時)に行った「福島原発10基の耐震安全性の総点検等を求める申し入れ」のうち、津波についての要求は次のとおり。

 福島原発はチリ級津波が発生した際には機器冷却海水の取水が出来なくなることが、すでに明らかになっている。これは原子炉が停止されても炉心に蓄積された核分裂生成物質による崩壊熱を除去する必要があり、この機器冷却系が働かなければ、最悪の場合、冷却材喪失による苛酷事故に至る危険がある。そのため私たちは、その対策を講じるように求めてきたが、東電はこれを拒否してきた。

 柏崎刈羽原発での深刻な事態から真摯に教訓を引き出し、津波による引き潮時の冷却水取水問題に抜本的対策をとるよう強く求める。

活動ニュース「こんにちは 藤井かついこ(克彦)です」 ご紹介 ※市議会での質問や討論など発言の一部も

 活動ニュースをつき1回のペースで発行してきました。2011年1月の148号をご紹介します。「news148.pdf」をダウンロード


バックナンバーは、日本共産党相模原市議団のホームページの「議員紹介・議員だより」欄の「藤井克彦 議員だより」をクリックしてください。


 なお、市議会での質問や討論など発言の一部も、同じ「藤井克彦 議員だより」の欄でご覧いただけます。

阪神淡路大震災のとき救援ボランティアに参加したことを思い出して

 今回の東日本大震災は、1000年に1度の大災害と言われています。3月11日のそのとき、私は相模原市役所の議員控室にいて、日本共産党市議団(4人)の団会議をやっていました。ものすごい揺れが長い時間続き、まるで舟に乗って揺られているようでした。

 私は、1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災にさいして、地震発生から約一ヶ月後の2月23日から26日までの四日間、日本共産党のボランティアとして活動しました。当時、私は初めて市会議員に立候補するということで、そのための準備活動をしていたときでした。私が「救援ボランティアに行きたい」と訴えると、後援会の人たちは、「長い目で見て、今後の人生のなかで必ず役立つから、ぜひ行ってきなさい」と言って快く送り出してくれたのです。当時、返ってきてから自分が発行していた活動ニュースに手記を書いたことを覚えていたので、探してみたら(№14が)見つかりました! 以下に転記します。

  ……………………………………………………………………………………

<「日本共産党阪神大震災・救援ボランティア」に2月23日から26日までの四日間参加し、神戸市須磨区で活動しました>

 そこでの救援活動は、避難所以外でくらしている、行政の手が届きにくい方々が対象でした。主に救援物資を持って訪問・対話し、相談事を解決する活動を担当しました。

“避難所をさがして!”
 「地震後一ヶ月以上たってから隣の家が自分の家にもたれかかってきた。家が揺れるので夜だけでも避難したいが、近くの避難所を紹介してほしい。」と一人ぐらしの女性に訴えられました。須磨区役所にかけあった結果、区民センターに飼い犬と泊まることができました。

“来てくれてありがとう!”
 家族や地震のショックで病気になった高齢の父親を支えて頑張ってきた主婦は「いろいろあって疲れてしまった。家族には口に出せないことをあなたに話してしまったが、話を聞いてくれるだけで本当にうれしい。来てくれてありがとう。」と目に涙を浮かべて語りました。

  ……………………………………………………………………………………

 このときは、現地の日本共産党の組織、須磨地区委員会の地区委員長が、自ら被災者であるにもかかわらず、救援組織の責任者として、その日その日の活動計画を立て、各ボランティアの活動を交流し、アドバイスをして激励してくれていました。
 今回の東日本大震災では、現地の日本共産党の組織も大変な打撃を被ったようです。全国からの救援ボランティアを受け入れる体制が確立するまで、まだ時間がかかりそうです。

3月28日 相模原市長選挙の街頭演説で「卒業式ありがとうございます」と…

  3月28日、午前11時から午後2時頃まで、相模原市長選挙の候補者カーに市長候補の方と一緒に宣伝カーに乗り、応援弁士として日本共産党の市長候補への支持を訴えました。
  東日本大震災の後、拡声器で政治、政策を語ったのは初めてでしたが、街の反応、受け止めはあたたかく、違和感を感じることなく、ホッとしました。4月1日からの相模原市議選、自分の選挙では、堂々と政策や実績、政見を、震災の救援、復興や原子力発電所の事故への対応やエネルギー政策の転換などとともに、訴えていく決意を、改めて固めました。

 相模大野6丁目のプラザシティの前で演説を始めたとき、近くにいた子どもたち5~6人が集まってきて座り込み、演説に耳を傾けたのですが、そのなかの一人が大きな声で、「卒業式はありがとうございました」と私に声を掛けてくれたのです。
 3月18日の鶴の台小学校の卒業式に来賓として出席したことを言ってくれているのだ、とすぐわかり、とてもうれしくなりました。来賓の出席をそんなふうに受け止めてくれる子どもの素直さ。何とも言えない、みずみずしさを感じて、感動しました。やはり“子は宝”ですね。元気とエネルギーをもらいました。

2011年3月28日 (月)

避難者に相模原市が入浴無料サービス

 相模原市は、市内で避難生活を送られている方を対象に、市内の民間入浴施設(2施設)および市の入浴施設(2施設)について無料で利用できるサービスをおこないます。

(1)チケット配布窓口
○市体育館一時避難所受付
 3月29日(火)~当分の間(土・日・祝日もおこないます) 
 午前9時~午後5時
○各区役所の地域政策課
 3月29日(火)~当分の間(土・日・祝日は除く) 
 午前8時30分~午後5時

(2)対象施設
[民間入浴施設]タオルの貸し出しも無料
○ここち湯 相模原店(南区大野台3-20-19)
○やまとの湯 相模原店(南区鵜野森1-24-9)
[市の入浴施設]タオルの貸し出しはありません
○いやしの湯(緑区青根807-2)※3月30日(水)から
○藤野やまなみ温泉(緑区牧野4225-1)

(3)問い合わせ
○専用電話 042-769-8293 月~金(祝日は除く)の午前9時~午後5時
○各区役所地域政策課
 緑区役所地域政策課 042-775-8801
 中央区役所地域政策課 042-769-9801
 南区役所地域政策課 042-749-2135
※月~金(祝日は除く)の午前8時30分~午後5時

東北・関東大震災に関わる緊急申し入れ

3月28日(月)、相模原市にたいして下記のとおり、「東北・関東大震災に関わる緊急申し入れ」をおこないました。藤井かつひこ、松永ちか子、竹腰さなえ各市議、久保田ゆうじ・日本共産党相模原市「地域に仕事と緑を」対策委員長、大田ひろし・日本共産党相模原市「若者に仕事を」対策委員長が参加しました。
 市側は山口和夫副市長が応対し、「大変時宜を得た申し入れですね。市としても検討します」と述べました。武田伸彦危機管理室長も同席しました。


<申し入れ書全文>
    2011年3月28日
相模原市長 加山俊夫 様

日本共産党相模原市議団
団長 藤井克彦


      東北・関東大震災に関わる緊急申し入れ


相模原市におかれましては、未曾有の大災害となった東北・関東大震災の発生後、被災地の救援・支援活動に取り組まれていることに敬意を表します。相模原市として引き続き、救援・支援活動を強化されるよう要望致します。
 一方、福島第一原発の事故による「計画停電」や放射能汚染が市民生活に重大な影響を及ぼしています。市として関係機関へのはたらきかけや独自の緊急措置など、必要な対応をはかられるよう、要望するものです。
 ここでは、具体的に下記の5点について要望致します。

 記

1.被災者の受け入れ、避難所の設置について
現在、市体育館柔道場と「相模川ビレッジ若あゆ」で避難者約200名の受入体制を確立し、既に受入が始まっています。避難者の抱える事情、生活や仕事の実態は様々です。ここでは以下のことを要望します。
●避難所で食事を提供すること(東京都は夕食を提供)
●避難所で仕事を継続できるよう、パソコン・インターネットを利用できる環境を整えること
●旧新戸住宅、旧新戸第二住宅の建物の活用や民間住宅の借り上げなど、避難受け入れ枠の拡大と継続して居住できる住宅の確保をはかること

2.計画停電等の市民周知について
 東京電力による計画停電の情報は、日々刻々と変わり、インターネットを使わない市民にとっては、防災無線(ひばり放送)の音声情報が重要な情報源となっています。しかしこれが大変聴きづらく、十分に役割を果たしていません。そこで、以下のことを要望します。
●音声による情報伝達として広報車でアナウンスするなど他の手段を活用すること
●文書の配布や掲示などもおこない、必要な情報をきめ細かく周知徹底すること

3.医療機関は「計画停電」の対象から除外を
東京電力の計画停電により、国立病院機構相模原病院、丘整形外科病院、晃友脳神経外科、森田病院等基幹的医療機関も停電し、市民の命と健康を脅かす重大な事態となっています。そこで、以下のことを要望します。
●基幹的な病院をはじめ医療機関は計画停電の対象から外すよう、東京電力に求めること

4.相模線運行停止への対応について
 相模線の運行停止が長期化しつつあり、市民生活に大きな支障を来しています。通勤者はもとより、このまま4月の新年度・新学期を迎えると、中学校や高校への通学に支障を来し、大変な事態となります。そこで、以下のことを要望します。
●一日も早い全面的な運行再開とそれまでの代替輸送の確立を、JR東日本や東京電力に求めること
●緊急対応として市が公共責任を果たして代替バスを運行すること

5.福島原発事故による放射能汚染への対応について
福島原発事故により水、野菜、原乳などに放射能汚染が広がり、不安が高まっています。ここでは以下のことを要望致します。
●水道水、土壌、大気、農畜産物等の安全性について検査体制を確立し、検査結果を市民に公表すること
●飲料水ペットボトルを備蓄し、相模原市民が利用する水道水が放射能に汚染された場合には、すみやかに市民に配布すること
●地域防災計画を、原発事故による水道水等の放射能汚染を想定したものに見直すこと

     以上

2011年3月27日 (日)

避難所「相模川ビレッジ若あゆ」を訪問

 3月25日(金)夕方5時30分、相模原市が避難所を開設した「相模川ビレッジ若あゆ」を訪問し、避難者の方々と懇談しました。その当時は福島県の南相馬市、いわき市等から避難されてきた4組26人の方々が滞在されていました。
 老若男女様々ななか、働き盛りの世代の複数の方から、「仕事で使っていたパソコンを持ち込んでいるが、インターネットに接続できないので、仕事ができない」という声が出されました。
 さっそく避難所を担当している市住宅課に伝えました。28日(月)には、市にたいして、「計画停電」にともなう市民生活への様々な影響に関して、「東北・関東大震災に関わる緊急申し入れ」をおこないますが、そのなかでも取り上げてまいります。

2011年3月25日 (金)

いよいよ統一地方選 政見を堂々と

 今日、24日、県知事選挙が告示され、いよいよ統一地方選が始まりました。

 朝日新聞の24日夕刊「素粒子」は、「どうにも選挙の気分になれない。庁舎を流され、首長が亡くなり、また住民の名簿を一から作っている自治体があるのに。☆維持が限界の病院があり、合格しても学校に行けない子どもがいて、放射線に追われる住民や野菜を捨てる生産者がいる。☆自治とは何か、自治体の役割は何か、根本を問う光景が広がる。浮ついた公約、余計な人の動員や名前の連呼はいらない。」と書きました。

  日本共産党は、この大震災にあたって、3月14日、「東日本大震災の被害が未曽有の規模で広範囲に及んでおり、救援と復興にすべてを傾注すべき」として、いっせい地方選挙を全国的に延期することを政府・各党によびかけました。しかし、民主党、自民党、公明党などが、全国的延期はおこなわないことを主張し、残念ながら日本共産党の提起は実りませんでした。

 現時点では、被災地と心を一つにして被災地の救援・復興のために力を尽くすとともに、統一地方選挙にあたってもこの立場を貫き、今回の選挙戦全体を、日本国民が、国民的エネルギーを発揮して、被災地への救援・復興をやりぬき、戦後最大の国難を打開し、それを通じて新しい社会をつくる契機にしていくという姿勢で選挙にとりくみ、勝利・前進をめざします。

  被災者救援、原発事故の危機回避――二つの緊急の大問題にとりくむこと。

  戦後未曽有の災害からの復興に、国の総力をあげてとりくむこと。
 そのための財源確保に、2兆円におよぶ大企業・大資産家減税の中止、米軍への「思いやり予算」やグアムの米軍基地建設費の中止、不要不急の大型公共事業の中止、原発の建設・推進経費の中止、そして政党助成金の撤廃などをおこない、年間5兆円程度の財源を確保すること。さらに政府として、244兆円にのぼる大企業の内部留保を、復興と被災地域の経済再建に活用する手だてをとること、従来の国債とは別枠で、「震災復興国債」を発行し、大企業に引き受けを要請すること。

  原子力行政を安全最優先に抜本的に転換すること。福島原発の事故は、「想定を超えた」自然災害による不可抗力の事故ではなく、福島原発に対して日本共産党や市民団体が、チリ地震級の津波がくれば冷却設備が機能しなくなり、重大事故に陥る危険をくりかえし指摘し改善を求めてきたのに東京電力側がそれを拒否してきたという点で、「人災」であること。「安全神話」を一掃し、正直で科学的な原子力行政へと転換すること。 国際基準に合致し、今回の震災の教訓も踏まえた新しい安全基準をつくり、全国にある原発の総点検をおこなうこと。政府が、昨年策定した14基以上の原発を新増設する無謀な計画はきっぱり中止すること。東海地震の想定震源域の真上に位置する浜岡原発は停止し、老朽化した原発の「延命」は中止すること。危険きわまりない高速増殖炉「もんじゅ」、プルトニウムが入った燃料を一般の原子炉で燃やすプルサーマルなど、プルトニウム利用の核燃料サイクル政策を中止すること。アメリカの原子力規制委員会のような、推進部門から独立し、強力な権限と体制をもった原子力の規制機関をすみやかにつくること。

 エネルギー政策の抜本的転換にむけた国民的な議論と合意をはかること。原発依存のエネルギー政策から、太陽光と熱、風力、水力、地熱、波力、潮力、バイオマスなど自然エネルギー(再生可能エネルギー)への戦略的な転換をすすめること。社会のあり方としても、「大量生産、大量消費、大量廃棄」、あるいは「24時間型社会」といわれるような社会から脱却して、低エネルギー社会に転換すること。

  相模原市政について、大型開発優先をただし、くらし・福祉最優先の市政をすすめること。小中学校・老朽化校舎の大規模改修を急がせてきたこと。

 などなど、堂々と政見を訴えていきたいと思います。
  4年に1度の選挙は、主権者の重要な行動であり、民主主義の根幹で、選ぶ側も選ばれる側も権利と義務の行使の機会です。選ばれる側の自粛は、選ぶ側の選択権を侵す暴挙でしかありません。
 戦後未曽有の大災害のなか、「素粒子」さんの胸にもストンと落ちるように、頑張りたいと思います。

2011年3月22日 (火)

相模原市の避難所を見てきました

 3月18日から開設されている相模原市の一時避難所(富士見の市体育館)を本日3月22日、日本共産党相模原市議団4人で見てきました。受付では、保健師もいて健康相談もやっている、50人ほどを受け入れるという柔道場には青畳、ふとん、ストーブがあり、テレビは今手配中とのことでした。柔道場にはまだ一組2人のみの受け入れ状況です。この柔道場はまさに一時避難所としての位置づけで、市体育館で受け付けた後、市内の宿泊施設を割り当てて入ってもらうのですが、まだそちらには一人も入っていないとのことでした。

 カメラを持って行かなかったのは失敗でした。写真がなくてごめんなさい。

 

2011年3月20日 (日)

平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震等に伴う神奈川県への到着被災者を対象とした受入住宅の募集について

 相模原市→神奈川県のホームページから転載します。

掲載日:2011年3月18日更新

平成23年3月11日に発生した標記地震に伴う被災者の受入について、提供を予定している721戸のうち今回は到着被災者を対象に100戸の募集要領等を定めましたので発表します。

1 募集戸数

  川崎市、相模原市など、県内18市町に所在する団地 100戸

2 受 付(※ 先着順ではありません。)

○ 受付期間

平成23年3月22日(火)から3月24日(木)まで。

受付時間は、午前9時から午後5時まで。

○ 受付方法

① 電話による申し込み(お申し込みいただく内容は、聞き取りで対応)

■ 受付専用電話  045-210-5990(直通)

② ホームページから申込書をダウンロードし、メール又はファックスによる送付も受け付けます。

■ メールアドレス kikaku4.185@pref.kanagawa.jp

■ ファックス番号 045-210-8889

3 募集対象者 

○ 東北地方太平洋沖地震・津波により住宅が全壊または半壊するなど居住の継続が困難になり、既に県内に到着した2人以上の世帯を対象とします。

 ※【優先する方】 重度障害者がいる世帯、3歳未満の乳幼児を扶養する世帯、65歳以上の高齢者がいる世帯(単身も可)

4 選定方法等

 ○ 受付を終了後、優先する方から入居候補者を選定し、その数が100戸に満たないときは、残りの住宅はその他の応募者で抽選を行います。

○ 募集から入居までの取扱いは、資料1の「受入住宅の提供フロー」、及び資料2の「募集要領」のとおりです。

○ 家賃、敷金、退去時の修繕、連帯保証人は免除します。

5 その他

  3月17日に発表した721戸のうち、残りの621戸については、被災県の避難場所に避難している方を対象に確保しています。東京電力原子力発電所の事故により本県に避難している方は、本県の一時避難所での受け入れを予定しています。

なお、今後の受入住宅に関する情報は、その都度、発表します。

福島原発事故に関する日本共産党の申し入れ・見解

福島原発事故に関する日本共産党の申し入れ・見解を、最近の「しんぶん赤旗」からご紹介します。

{2011年3月18日(金)「しんぶん赤旗」}
■原発総点検し政策の抜本的転換を  志位委員長

 日本共産党の志位和夫委員長は17日の記者会見で、福島第1原発の重大事故に関連して今後の原子力行政のあり方について問われ、「安全神話」と決別し、全国の原発の総点検をおこなった上で、原子力から再生可能な自然エネルギー利用へと、政策を抜本的に転換することが必要だと表明しました。
 志位氏は、福島第1原発の事態について、「これまでの原子力行政の思想であった『シビアアクシデント(苛酷事故―原子炉の炉心が溶けるような事故)は起こりえない』という『安全神話』が事実をもって破たんした」と強調。「安全神話」にとらわれているために、欧州などと違って苛酷事故の対処方法も存在しない状況になっていると指摘しました。
 そのうえで、2007年に、日本共産党福島県委員会が福島原発について、「(津波により)機器冷却系が働かなければ、最悪の場合、冷却材喪失による苛酷事故に至る危険がある」などとして抜本的対策を求めていたことを紹介。「その点でも今回の事態は“想定外の事故”などではなく“人災”だ。『安全神話』と決別し、全国の原発を総点検することがどうしても必要だ」と強調しました。
 さらに志位氏は、原発は技術的に未完成で安全性が絶対的に確保できるような水準に達していないと指摘し、「中長期的には、原子力頼みのエネルギー政策から脱却し、再生可能な自然エネルギーに軸足を移し、それを基本にするような方向へ大転換することが必要だ」と強調。「現にドイツなど欧州各国で日本の事故を教訓にしてそういう方向への切り替えが始まっている。そういう方向を目指していかなければならない」と述べました。

{2011年3月18日(金)「しんぶん赤旗」}
■専門家とともに技術者を総結集して危機打開を
   福島原発事故 志位委員長が政府に提起

 日本共産党の志位和夫委員長は17日、福島第1原発事故について、「原子力や放射線医療の専門家とともに、原発の運用・管理にくわしい技術者を総結集して、危機を打開してほしい」と、藤井裕久官房副長官に電話で申し入れました。
 志位氏は、原子力安全委員会に情報を提供し権限を与え、専門家を結集して、フル稼働させるとともに、JCO事故などで対応にあたった公的機関である放射線医学総合研究所の活用をはかる――などを求めた15日の申し入れについて進捗(しんちょく)状況をたずねました。
 藤井副長官は、「放射線医学総合研究所は、(災害)対策本部に入れた」とのべるとともに、原子力問題の専門家の結集については、「提起は総理にしっかり伝えた。努力したい」と答えました。
 そのうえで志位氏は、「同時に、当面は、6基の原発のすべての箇所での崩壊熱を冷却し、放射性物質の飛散を最小限に食い止め、安定した状態をつくる対策を取る以外になく、多数の事故が同時多発でおこっているもとで、それをやるためにはかなりのマンパワー(人手)が必要だと思う」とのべ、「東電だけでなく、他の電力会社の技術者など、可能なすべての技術者の力も結集すべきだ。そのために総理の強力なイニシアチブが必要だ」と要請しました。藤井氏は、「しっかり承った」と応じました。

{2011年3月16日(水)「しんぶん赤旗」}
■原子力安全委員会のもとに専門家の力を総結集し対応を
    志位委員長が首相に提起

 日本共産党の志位和夫委員長は、15日、首相官邸を訪れ、東京電力福島原発をめぐる事故に関して、経済産業省などから独立した中立的な立場で原子力行政の規制機関としての役割を担っている「原子力安全委員会」の役割をフルに発揮させることなど、菅直人首相に対する緊急申し入れ(全文)を行いました。藤井裕久副官房長官が対応しました。
 志位氏は、藤井氏との会談で、「高濃度の放射性物質が広範囲に飛散、拡散することが強く危惧される深刻な状況だが、この間の政府の対応には問題点を感じる」と指摘。「原子力行政の推進機関である経済産業省の一機関である原子力安全・保安院まかせにするのではなく、(同省から)独立した中立的な立場で専門家を結集し、担当行政機関および事業者を指導する役割を担っている原子力安全委員会の活動がきわめて重要だ」と強調しました。
 志位氏は、原子力安全委員会が、1999年9月に発生した東海村JCO臨界事故対策で中心的活動を担ってきた事実や、原子力安全条約でも独立した規制機関の積極的役割を義務づけていることを示し、(1)原子力安全委員会にすべての情報を集中し、必要な権限を与えること、(2)同委員会のもとにある機構をフル稼働させること――などを要請。「あらゆる専門家、専門家集団の英知を結集して、事態の把握と、危険の除去、安全対策をはかるべきだ」と提起しました。
 藤井副官房長官は、「おっしゃることはよく分かる。対策本部会議で、菅首相に必ず伝える」と答えました。

○気象庁や放医研との連携強化も

 さらに志位氏は、(1)放射能対策や避難体制をとるうえで、「風向きも非常に重要な要素となる」として、気象庁との連携の強化をはかること、(2)JCO事故などでも対応にあたり、科学的知見を蓄積している放射線医学総合研究所の活用をはかること――を提起。「あらゆる分野の専門的知見を一つに集め、総合的なチームで対応をはかるべきだ」と要請しました。
 藤井副官房長官は、「放射線医療については対応が遅れていた。提起を受け止め、首相に伝え、しっかり対応する」と応じました。

※原子力安全委員会
 1978年設置。首相が任命した5人の委員のもと、原子炉安全専門審査会(60人)、核燃料安全専門審査会(40人)、緊急事態応急対策調査委員(40人)と14の専門部会等(約250人)、事務局(約100人)が置かれています。関係行政機関への勧告権を持つなど、通常の審議会にはない強い権限を持っています。

{2011年3月16日(水)「しんぶん赤旗」}
福島原発事故の対応について
■志位委員長の緊急申し入れ (全文)

 日本共産党の志位和夫委員長は15日、東京電力福島原発の重大事故への対応について、菅直人首相に緊急申し入れを行いました。全文は次の通りです。

 東京電力福島原発をめぐる事故は、第1原発1号機に続き、3号機でも爆発が起こり、4号機で火災が発生し、さらに2号機では原子炉格納器の一部が破損するというきわめて重大な事態が引き起こされている。高濃度の放射性物質が広範囲に飛散、拡散することが強く危惧される深刻な状況である。
 今回の事故にたいする対応について、原子力行政の推進機関である経済産業省の一機関である原子力安全・保安院まかせにするのではなく、経済産業省などから独立した中立的な立場で、専門家を結集し、担当行政機関および事業者を指導する役割を担っている原子力安全委員会の活動がきわめて重要になっている。
 かつて1999年9月に発生したJCO臨界事故においては、原子力安全委員会が、専門的・技術的観点から事故対策に関する中心的な活動をおこなってきた。
 わが国が批准している原子力の安全に関する条約でも、原子力行政の推進機関と規制機関を明確に区分し、原子力事故にあたっては推進機関から独立した規制機関が積極的な役割を担うことが義務づけられている。
 今回の福島原発事故は、かつて経験したことのない深刻な事故であり、国民のなかに強い不安が広がっている。原子力安全委員会の役割をフルに発揮させるべく、以下、政府に申し入れる。

 1、福島原子力発電所の事故への対応について、原子力安全委員会に第三者機関としての責務を果たさせるべきである。そのためにすべての情報を原子力安全委員会に集中するとともに、必要な権限をあたえるべきである。

 2、原子力安全委員会と、そのもとにある専門部会や事務局体制をフル稼働させるとともに、あらゆる専門家、専門家集団の英知を結集して、事態の掌握と、危険の除去、安全対策をはかるべきである。

救援募金にとりくみました(相模大野駅北口ペデストリアンデッキ)

 今日、3月20日(日)、午後2時から3時まで1時間、日本共産党として相模大野駅北口ペデストリアンデッキで救援募金にとりくみました(12~15人くらい?)。かわの幸司県会議員も一緒でした。募金は68,253円集まりました。雨が降らなくてよかった!

相模原市が大震災被災地・岩手県大船渡市への応援物資を募集

相模原市が個人からの大船渡市への応援物資の募集を開始しましたのでお知らせします(相模原市ホームページから転載)。


頑張れ大船渡 応援物資の募集

東北関東大震災で大きな被害を受けた大船渡市の被災者の方々を応援するため、応援物資を届けます。
次の内容をご確認の上、各区の区役所やお近くのまちづくりセンターにお持ちください!

提供をいただく物資(第1次)
大船渡市の被災者の方々に、必要な物をうかがい、次の10品目を送ることにしました。
この10品目以外の物資は、今回は受け入れができませんが、被災地で必要とされるものは、刻々と変わります。第2次の募集については、募集の日程が決まった段階で広報等でお知らせします。

1.食料品(レトルト食品、缶詰など日持ちのするもの)
2.紙おむつ(大人用・子ども用) 
3.離乳食
4.粉ミルク(乳児用・幼児用)
5.下着(男性用・女性用・大人用・子供用)
6.靴下
7.生理用品
8.ウエットティッシュ
9.ティッシュペーパー
10.トイレットペーパー

提供にあたってご了解いただきたいこと
被災地で受け入れる際の負担をできるだけ少なくするため、次の内容をご確認いただいた上で、お持ちください。

○提供をいただく物資については、新品もしくは未開封のものをお願いします。
○無償での提供をお願いします。
○お持ちいただく際には、品目ごとに分類してお持ちください。
○できるだけダンボールに入れてお持ちください。
持込票に、氏名、住所、電話番号、数量、単位をご記入の上、受入場所へご持参ください。
 ※持込表はPDFで入手できます.。

  大船渡市への緊急応援物資持込票「ouen_01.pdf」をダウンロード

物資の募集期間
相模原市体育館(中央区富士見1丁目)、各区の区役所地域政策課、まちづくりセンターで、第1次の受け付けを行ないます。(計画停電により、入館できない場合もございますので、あらかじめご承知おきください。)

■相模原市体育館

受付日時 3月21日(月曜日)~24日(木曜日)、午前8時30分~午後5時


■緑区

受付日時 3月22日(火曜日)~24日(木曜日)、午前8時30分~午後5時

緑区役所地域政策課
大沢まちづくりセンター
城山まちづくりセンター
津久井まちづくりセンター
相模湖まちづくりセンター
藤野まちづくりセンター

■中央区

受付日時 3月22日(火曜日)~24日(木曜日)、午前8時30分~午後5時

中央区役所地域政策課
大野北まちづくりセンター
田名まちづくりセンター
上溝まちづくりセンター

■南区

受付日時 3月22日(火曜日)~24日(木曜日)、午前8時30分~午後5時

南区役所地域政策課
大野中まちづくりセンター
麻溝まちづくりセンター
新磯まちづくりセンター
相模台まちづくりセンター
相武台まちづくりセンター
東林まちづくりセンター

お問合せ
大船渡市応援物資専用電話 042-769-9262
(3月21日から3月24日まで 午前8時30分~午後5時)

2011年3月19日 (土)

救援募金にとりくみました(東林間駅前・東急ストア前)

 今日、3月19日(土)、日本共産党として救援募金に東林間駅前・東急ストア前で、午後2時から3時まで1時間、とりくみました(10人前後だったかと思います)。人通りが少なかったのですが、車の中から手を差し出して募金してくれる人など、多くの人が募金してくれました。なかには、「市役所で1万円募金してきたよ」「10万円募金した」という人もいました。募金は36,559円集まりました。明日も別の場所でとりくむ予定です。ちょっと天気が心配ですが…。

2011年3月18日 (金)

乾電池が買えず懐中電灯が使えない!(学童保育・児童クラブ)

 市内のある学童保育・児童クラブで、「計画停電」のときに使う懐中電灯の乾電池(単一)が切れてしまい、お店に買いに行っても品切れで手に入らない!という声が届きました。
 私が街頭宣伝で使っているハンドマイクには、10個の単一乾電池を入れていますが、音が切れたり割れたりし始めると乾電池を新しい物に交換します。交換後の使用済み乾電池は、家電製品には多少は使えるので、使い古しの単一乾電池をその児童クラブに数個届けたところ、大変喜ばれました。
 同じようなことが様々な公共施設で生じているのではないでしょうか。

小学校の卒業式に出席

 地元の市立鶴の台小学校の卒業式に来賓として出席しました。
 東日本大震災の犠牲者に黙祷をささげてからの開式。児童141名の旅立ちです。卒業証書を受け取りに舞台に上がった時に、卒業生一人ひとりが、6年間の思い出、両親等への感謝の気持ち、「サッカー選手になりたい」など将来の夢、「思いやりのある人になりたい」などの抱負を一言ずつ語るのを聞くのは、とても楽しいことです。卒業生と在校生(6年生)が集団で向き合って歌を歌い合う、そのパワーの大きさ、力強さに励まされた思いです。来賓代表として挨拶をされたPTA会長のお話しは、我が子を見守り送り出す親としての深い思いが率直に語られ、感動をよんでいました。
 震災で日本全国が大変な状況になっているなかで、人生の大きな節目の一つ、小学校の卒業式を無事、きちんとおこなうことの大切さを改めて感じました。

相模原市で避難所開設(東日本大震災への対応)

 本日3月18日朝から、相模原市が避難所をが開設しました。東日本大震災の被災者を受け入れます。市役所近くの市立体育館(麻溝台の総合体育館ではなく、富士見1丁目)の会議室で受け付けをした後、柔道場に50人程度の受け入れを見込み、その他の公共施設も活用して、総数で約200名の受け入れ体制を確立したとのこと。
 また市営住宅の空き部屋への被災者の入居については、神奈川県が全体を管理し、順次受け入れていくとのこと。
 お問い合わせは相模原市役所住宅課(電話042-769-8256)まで。

2011年3月17日 (木)

東日本大震災の被災地に思いをはせて(16)

東日本大震災の被災地に思いをはせて、被災地とその近隣地の日本共産党地方議員が作成しているホームページやブログにアクセスしてみました。南会津町 大竹幸一 町議のブログから転載します。

富岡町から1,000人   2011.3.16(水)曇のち雪

2011-03-16 19:26:24 | Weblog

 浜通りの富岡町から8,000人が移動し、そのうち4,000人が郡山市に移り、南会津町へは1,000人が入ったということです。南会津では区長会議が行われ、町民へ新品の毛布、新品のタオルかバスタオル、選択済みの上着・ズボンを17日と18日の朝9時から12時の間に公民館に持ってきてほしいというチラシが配布されました。

 議会は、一般質問は答弁書をもらうだけとし、その後、予算案の審議を終えて今日で終わりました。一般質問の答弁で不満な点を予算審議の中で訴えました。その1つは、TPPへの反対の姿勢を町のホームページで表明してはどうかと要望しました。また、国保税が高く、税の値下げをしないと滞納が増えるため、一般会計からくり入れて国保税の値下げをするよう訴えました。

 議会終了後、議長を本部長とする議会としての対策本部をつくり、とりあえず1人10,000円の義援金を出そうということになりました。このほか、地区の避難所などでボランティアをすることとなります。その他、すでにおにぎり作りなどの仕事をしている議員からの話では、選挙運動と誤解を受けるなど真意が伝わりにくい面もあるという声も聞かれました。また、ガソリンが不足のため車で物を運ぶという仕事もできず、ボランティアもむずかしい状況です。

 毎日、テレビでつらいニュースが放送されます。私も年のせいか涙ぐむことが多くなりました。でも、この歴史から目をはなさず、時間があれば地震のニュースを見ています。当面、父の初彼岸の準備をしなければなりませんが、それと並行して力仕事や汚れる仕事など人のいやがるボタンティアをしたい思っています。

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いわき市から86人避難   2011.3.15(火)晴

2011-03-15 20:14:46 | Weblog

 南会津町へいわき市から86人が避難してきました。いわき光洋高校へ避難していた人たちがバスで着き、そのうち、66人が高齢者センターへ避難し、20人は南会津病院へ入院したようです。さらに、11人が役場を訪ね宿泊する場所を求めたため、松ノ下公民館に避難しているようです。今後、さらにそのような避難者がふえると予想されています。

 議会の日程が変わりました。昨日、私が被害対策を出せる議会にしようと訴えたこともあってか、明日と明後日の一般質問は答弁書をもらって終わりとすると、議運で決めました。よって、明日、条例や予算案などの議案審議を行って閉会となります。この議会で任期が終わりとあって、最終日はアルコールをまじえての懇談会を行う予定でしたが、中止となりました。

 地震・津波・火災のうえに原発の被害と心配があります。共産党は原発に反対してきたため、やはり、正解だったと胸をはることができます。今の原発のウランの利用方法は、原爆の応用なので危険だ、炉心溶融はかならず起こると何度も指摘してきました。佐藤栄佐久知事は慎重路線をとったため、引きずり落とされたという話がありますが、佐藤雄平知事は原発を推進したので政治責任は重大と思います。 

JAにおいてはガソリン・灯油は午前中で売り切れとなり、明日の予定はわからないということです。油揚げもなくなり、父の春彼岸のいなり寿司もできません。東武鉄道も運休なので息子も姉も妹も来れないでしょう。新聞もガソリンがなくなり、配達ができないので明後日当たりから作らない、という話もあります。戦時中と同じ非常事態で、すごいことになりました。

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ホワイトディ  2011.3.14(月)晴

2011-03-14 20:44:02 | Weblog

 今日はホワイトディでしたがすっかり忘れてしまいました。朝、9時半頃に家を出て議会に行く際、お彼岸の準備のためJAに寄ったところ、ガソリンを入れる客で満員で車を駐車する場所をさがすに大変でした。ようやく車をおいて中に入っても満員の客でやっと議会に間に合いました。夕方も議会が長引きホワイトディの買い物をする余裕がありませんでした。

 私が仙台に行ったブログを見、土湯峠が通れるということを知って、福島市の息子へ支援に行ってきた、衣類を送りたいがどうしたらよいか、スキー場のホテルで疎開を受け入れてはどうか、などの貴重な意見をいただきました。午前中、誓願の趣旨説明のため本会議がありましたので、朗読の前に被災者へのお見舞いを述べ、衣類の件や疎開の件など救助を考える議会としてはどうかと提案しました。

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緊急時は消防団へ 2011.3.13(日)晴

2011-03-13 21:05:49 | Weblog

 午後1時頃、午後1時30分から役場で消防の部長の会議があるという防災無線があったため、私もオブザーバーとして参加させていただきました。(写真)会議は役場3階で田島地区の部長が集まって行われ、地震の通信規制により携帯や固定電話が通じないため、消防署への電話が通じないときは、各地区の消防団員へ連絡するようにということです。連絡を受ければ消防団員が無線で消防署などへ連絡するということです。

 私が担当者へ個人的に聞いたところでは、浜通りの被災地などからの要請については、まだそういう段階になっていないそうです。ただ、昨日、消防団長が相馬市へ行き、不足であるブルーシートやおにぎりを送ることになっています。おにぎりは昨日と今日が10,000個、明日は5,000個で、赤十字の方・JA職員・町職員などが小学校などの給食室で、懸命におにぎりを作っているということです。

 なお、ガソリンはJAに行ったところでは1人2,000円までとなっており、灯油は売れ切れということでした。今後、停電があるかもしれませんので、ローソク・懐中電灯・湯たんぽなどは在庫があるうちに買った方がよいでしょう。また、雪が降って山奥だが南会津は安心・安全なので、浜通りの人が南会津へ住んでもらうよう訴えて町作りをしてはとうか、という声も聞かれました。

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娘を救いに仙台へ  2011.3.12(土)晴

2011-03-12 09:04:09 | Weblog

 娘が仙台におり、近くの小学校に避難しています。火災が起きると困るので今から(朝9時)救出にいってきます。福島までは土湯まわりで行けるという情報ですが、そこから先はわかりません。

 今、午後10時30分ですが仙台から娘を連れて帰ってきました。朝、パソコンを閉じた後パンやお茶などを持って、9時30分に出発してから往復約500キロを13時間かけ妻と2人で行ってきました。福島市までは3時間で行きましたが、福島市の国道4号線に入ってからは予想通り渋滞し、そこから4時間かかって仙台につきました。避難している八本木小学校に行ったら、自宅ではないかというのでアパートに行ったら荷物の整理をしている娘と会いました。

 いっしょに行った妻が車の中で、昨夜から連絡がとれない家族に電話やメールを送り、みんなが無事であることも確認でき安心することが出来ました。電気がストップなのでコンビニはすべて閉店のため、持って行ったパンなどで食事をとることができ正解でした。

写真は娘のアパートの前方の様子で、太平洋側の石油コンビナートから火災が発生し黒煙があがり、ヘリコプターが救助に向かっています。また、目の前の民家のカワラ屋根が壊れている様子が撮影できました。仙台市内は電気・ガス・水がストップし、道路の信号もなく、人気のない、暗い町となっていました。

東日本大震災の被災地に思いをはせて(15)喜多方市 田中雅人 市議

東日本大震災の被災地に思いをはせて、被災地とその近隣地の日本共産党地方議員が作成しているホームページやブログにアクセスしてみました。喜多方市 田中雅人 市議のホームページから転載します。

避難所に伺う
<家も家族も流された・・・避難者と心通わせる>

 未曾有の大惨事となった東日本大震災、喜多方の避難所を訪問しました。地震・大津波・原発事故の3重苦に遭遇した被災者、小高町から避難された男性から話を聞く。「自分は高台に逃げて助かったが・・・地震の後、大津波で家が流され、妻と子どもも流された。そこに原発震災で避難指示、小高町は立ち入り禁止区域となり支援からとり残されてしまった。避難を余儀無くされたがこの先、生き延びても先が真っ暗だ」と目を潤めた。
 すさまじい現実をじかに聞く。家族も家もふるさとも失い憔悴する被災者の力になろう、と心にきめる。

 会津地区全体で1万人、そのうち喜多方市は2120名の避難者を受入れがはじまっている。
               (収容可能人員)
①・押切川公園体育館・780人→(3/16正午時点で80名弱の受入れ)
②・熱塩加納会館・・・290人
③・熱塩加納体育館・・450人(暖房準備必要)
④・塩川福祉センター・100人
⑤・山都体育館・・・・220人(暖房準備必要)
⑥・西羽賀体育館・・・280人(暖房準備必要)
<上記の6施設に①より順次受入れる予定>


巨大地震発生時の柱時計








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# by tanaka-masato | 2011-03-17 00:24 | 市民のくらし | Trackback | Comments(2)
M9.0の巨大地震・・・1201回目の記事
<M9.0に修正された東北関東大地震>
<ご心配いただきありがとうございます・・・こちらは大きな被害ではありません>

 阪神淡路大震災ではM7.3が記録されましたが、東北関東大地震はM9.0と修正されました。阪神淡路の1000倍の破壊エネルギーだといわれます。まさに未曾有の事態です。
 喜多方全体でも震度4から震度5強のバラツキがあり、被害に程度の差が出ています。中でもわが塩川町は震度5強で東京(震度5強)と同じだったようです。
 ライフ・ラインに影響がありガソリン不足で一昨日私も30分程並んで給油を受けました。

 福島原発の1号機に続き3号機の炉心溶融も心配です。たった今3号機で白い煙が上がった(水素爆発AM11時1分)とTV報道があり、現在20km圏内の600人に屋内への避難命令が出ました。
 TVでは風は南から北へ、と報じています。福島原発からおよそ真西に位置する喜多方市は直線で約90kmの距離です。

 
 巨大地震発生からそろそろ72時間目になります。一人暮らしの老人など、3日目と続く「常態化した強い余震」に相当な疲れ、ストレスを感じている現実があります。
 またいわき市在住の方が、家族みんなで実家である隣の集落に避難してきています。


蔵の上屋が1Mほど北側にずれて壊れたままのっかっています・下窪集落


※本日、会津地区の党と農民連は協力してトラック1台分の救援物資(コメ、毛布、フトンなど)を第一弾として被災地へ送りました。
# by tanaka-masato | 2011-03-14 12:35 | 市民のくらし | Trackback | Comments(8)
M8.8の巨大地震・・・東北を襲う
<3・11 ・当地の地震計による計測時刻午後2時49分>・・・とりあえずお知らせ
喜多方市本庁・5弱
熱塩加納町・・・4
塩川町・・・・・・・5強
山都町・・・・・・・4
高郷町・・・・・・・5弱

 ご心配いただきありがとうございます。昨日からこれまで災害状況を調査してきました。喜多方地方や会津地方はTV報道のような壊滅的な被害、甚大さには及んでいません。人的被害は喜多方地区では確認していません。その点では大丈夫です。
 周辺地区では塩川・堂島地区が5強で、比較的地盤が弱いと思われるところで灯篭や石塀の倒壊、蔵の漆喰壁のはく離、さらに蔵上屋の倒壊も見られました。また液状化現象の心配がありますが積雪のため確認できる状況にありません。

ライフ・ラインは壊れていませんが、携帯が使えず困りました。やはり本電話での連絡が先になりましたね。乗合バスは運行していますが鉄道・磐越西線は運休状態です。

 こうしてる間も強めの余震がつづいていて、「怖い」の声が飛び交っています。

※いま福島第一原発で「炉心熔融」が始ったと報道、「メルトダウン」というとんでもない事態、かつてない非常事態が起きています。風向きはどうなのかも含め心配です。
※党として被災者への救援物資(コメ、パンなどの食料、毛布、募金など)の取り組みも始りました・

塩川町・堂島地内その①

その②

その③




# by tanaka-masato | 2011-03-12 15:52 | 市民のくらし | Trackback | Comments(6)
市内の空家数・・・2390戸
 3月定例市議会は3/4~3/24の日程で開催されています。
 一般質問は3/7(月)~10(木)の予定で16名が登壇、明日が一般質問4日目となります。
 初日を傍聴すると、7番渡部議員が「空き家対策について」を質問、「市内の空き家数はH20年度で2390戸」と市から答弁がありました。
 五市町村の合併から5年、人口は4023名減少しています。そんな中での2390戸の空き家数です。
 市内の空き家をどう捉えるか、これからの「喜多方市のまちづくり」の大きなテーマになる、と私もみています。「空き家バンクの創設」など当然必要なことでしょう。

 市議選が告示される4月17日(投票24日)まで39日となりました。

融雪装置・高郷夏井地区
# by tanaka-masato | 2011-03-09 21:32 | 市民のくらし | Trackback | Comments(8)

東日本大震災の被災地に思いをはせて(14)会津若松市 斎藤もとお 市議

東日本大震災の被災地に思いをはせて、被災地とその近隣地の日本共産党地方議員が作成しているホームページやブログにアクセスしてみました。会津若松市 斎藤もとお 市議のホームページから転載します。

help RSS 放射線スクリーニングに大勢の避難者

<<   作成日時 : 2011/03/16 08:40   

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 東電福島第1原発事故により半径20?以内の住民に避難勧告、30?以内の住民に屋内退避勧告が出されている現状です。会津各地にも原発立地地域から多くの避難者が来ています。
 放射能の影響の調査とその洗い落とし(除染、スクリーニング)が、会津では会津若松市の会津大学1ヵ所で行われています。
 スクリーニングは当初、14日には県立会津総合病院で行われていたが、とても対応できる避難者の人数ではないため、昨日から場所を会津大学に移したものです。

 スクリーニング待ちが4時間、5時間にもなっているとの情報があったので、昨日夕方会津大学に様子を見に行き、受付の県職員に状況を聞きました。

 受付番号は400数十番代でしたが、それは代表者の番号とのことで、それぞれが複数で来ておられたので、全体の人数は多分2000に近かったのではないかと思います。

 受付の職員によれば、スクリーニングは夜中までかかるだろうとのことです。15日分の受付は終了させながら、16日分の受付が既に始まっていました。スクリーニングを終えた人とこれからの人を別にして避難所に入ってもらうとのことでした。

help RSS 大震災被災者受け入れ対応での配慮

<<   作成日時 : 2011/03/15 07:35   >>

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 3月11日午後2時46分に発生した巨大地震は、地震の規模が何度も訂正され、現在マグニチュード9.0と発表されている。震源は三陸沖、宮城県沖、福島県沖、茨城県沖が連動した想定を超えるものと言われ、その後も大きな余震が収まらない。
 巨大な津波は太平洋沿岸の町を破壊し、犠牲者の数も把握出来ないほど多くの人命を飲み込んだ。テレビを見ながら、大きな自然力の前で全く為す術のない人間の無力さを感じないわけにはいかなかった。
 加えて東電福島第1原発1号機、3号機の燃料棒冷却に失敗しての建屋の水素爆発、被災住民達の被曝という事態にまで至っている。しかも、3号機はプルサーマル発電! 共産党が繰り返し危険を指摘してきた「原子力発電の安全技術は確立していない」が現実のものになってしまった。

 原発立地地域からの避難者が会津若松市にも来ている。
 市では会津総合体育館、河東総合体育館を避難所に提供しているが、今回の災害復旧にはとてつもない時間が必要なことは明らかだ。当然、被災者の避難生活も長期に及ぶであろうことは言を待たない。その長期の不便な生活への配慮として、体育館のような場所ではなく、公営住宅の空き部屋、仮設住宅を建設しての対応などを、国・県・市は考えなければならない。

東日本大震災の被災地に思いをはせて(13)福島県 長谷部あつし 県議予定候補

東日本大震災の被災地に思いをはせて、被災地とその近隣地の日本共産党地方議員が作成しているホームページやブログにアクセスしてみました。福島県 長谷部あつし 県議予定候補のホームページから転載します。

ガソリン6時間待ち/小名浜港1号・2号埠頭

事情がよくわからないのですが、「きょうはあそこのガソリンスタンドで給油している」と聞いたので、とにもかくにも並びました。

大地震後、給油している数少ないスタンド前は必ず大行列で、それを見て給油しているスタンドを知るのでした。

きょうはたまたま並ぶ前に情報を得たので並んだのですが、けっきょく6時間待ち。あきらめかけたときにタンクローリー車が入る姿を見かけ、ラッキーというほかありません。おかげで、雑誌『経済』(新日本出版社)4月号の特集「安全・安心の社会基盤整備へ」の諸論考、「地域主権改革」批判の2人の専門家へのインタビュー、来年度国家予算案に関する論文を車中で読むことができました。

【いわき・ら・ら・ミュウ】

小名浜港の1号埠頭(いわき・ら・ら・ミュウ)・2号埠頭(アクアマリンふくしま)に寄ってみました。

【一号埠頭】

ここは津波直撃を受け、当日のテレビ放映や翌日の新聞でも写真報道されていました。1号埠頭には「なぜこんなものが陸上に?」と思わざるを得ないような船が打ち上げられ、ら・ら・ミュウの中の店舗は無残です。

片付けようにも片付けようのない現場に来ていたお店のかたは、「復興がいつになるやら、数年はかかりそうだ」とおっしゃっています。

【アクアマリンバス昇降口】

アクアマリン前のバス昇降場や駐車場、入口前の高速バス利用者専用駐車場、近接の福島臨海鉄道、1号・2号埠頭の間の倉庫前のコンテナ散乱や流された車など、津波被害はほんとうに甚大です。

【小名浜・高速バス利用者パーキング】

【小名浜・倉庫】

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配達中止/井戸水をトイレ用に/被災予防/安全神話

【永崎・大平川橋決壊】

【江名・江の浦】

けさの一般紙2紙の折り込みチラシは新聞店による配達中止のお知らせ。

社員・配達員の被災・避難、原発災害による健康被害防止、ガソリン枯渇が理由です。いますべての事業所、住民がこうした事態に直面しています。

近くの小学校に、津波で家を流された医療生協職員家族が避難してきている、と聞き、見舞いに行きました。私も2日前にまったく家がなくなっている現場をシカと目に焼きつけていた職員です。

いっしょに仕事をしていた人であり、家族全員がぶじで、ほんとうによかった!

妻の実家に寄り、畑用の井戸水をもらってきました。トイレ用です。とにかく水道復旧の見込みがなく、そのうえ原発震災で外に出ることは控えなければなりませんから、もうたいへんです。

【小名浜四倉線・沼の内】

それにしてもいわき市に住んでいる以上、少なくとも被災を軽減・予防する知恵を活かすためにも、今回の災害を後世に残さねば、という気持ちが先走るので、海岸沿いの平沼ノ内・豊間、江名・永崎と見てまわりました。

【波打つ小名浜四倉線・沼の内】

【平豊間兎渡路】

国際競争力だとか自己責任だとか、こうした事態のもとで言っていられますか? 住民の福祉こそ政治と行政の最優先の課題だ、ということこそはっきりしているのではないですか?

原発震災では、事業者から「事象はありましたが心配ありません」「安全です」「健全性は保たれています」と聞かされるばかり。政府も「事業者から問題ないと報告を受けています」。

何があっても安全だ、という「安全神話」が崩壊している事態に至っても、住民の福祉よりも神話に縛られているというほかないと思います。

大地震の日から5日間、水がないために風呂にも入れず、頭も洗えず、節水の極限です。

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放射能から身を守るには

原子炉から放射能が放出されてしまったら、私たち自身が自分で身を守らなければならなくなります。とくに子どもと妊婦(胎児)を放射線被ばくから最優先に保護しなければなりません。年齢が低くなればなるほど放射線被ばくの影響が大きくなるからです。

被ばくを軽減するための一般的な注意

放射能雲は、ガス状のものと1000分の1ミリ程度の超微粒子で成り立っています。超微粒子は触れるものすべてに付着するので、呼吸で吸い込んだ場合はすべて肺に残ると考えなければなりません。したがって、自分の住居が放射能雲の通路に当たると考えられる場合は、緊急避難が必要な場合も、そうでない場合も、次の措置が肝要です。

①窓を閉め、すき間を目張りして家屋を気密にする。ビルなどの空調は止める。日本様式の家屋は気密性が悪いので、その場合はできるだけ気密のよい家屋に避難させてもらう。

②市役所が保管しているヨウ素剤を指示に従って服用する。

③放射能雲に巻き込まれている間とその後しばらくは、屋内でも何枚も重ねた濡れタオルをマスクにして、直接空気を吸わないようにする。また、できるだけ家屋の奥、つまり外部とひとつでも多くの壁で隔てられているような場所がよい。2階よりも1階、1階よりも地下室があればもっとよい。窓のそばに長くいるのは禁物である。

④ありとあらゆる容器に飲料水をためる。風呂桶を洗って水で満タンにする。すべてにフタをきちんとする。これらは当座の飲料水である。保存食をできるだけ確保する。

⑤放射能雲に巻き込まれている間は外出を控える。もしどうしても外出する必要が生じたときは、帰宅後、衣服を着替え、脱いだものは屋外に廃棄する。

⑥放射能雲が到着したあとは、井戸水はもちろん水道水も飲まないほうがよい。

⑦雨や雪が降っている場合は特別な注意が必要である。浮遊している放射能超微粒子は雨や雪に付きやすく、雨粒や雪には上空から地上までの広い範囲の放射能が濃縮されているからである。雪が積もった場合は、それがとけるまで放射能はそのままの状態で固定されているが、雨の場合も雪の場合も、降らない場合にくらべて数十倍も地面汚染が強いと考えておかなければならない。衣服についた雪は払うこと、水たまりには近づかないことなどの注意が必要である。

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津波情報/避難場所/錯綜/久之浜/現時点

【薄磯・堤防決壊】

【豊間塩場の墓地】

【豊間保育所】

2日前に路上から小名浜生協病院に案内したかたの自宅を見舞いました。

点滴で体調は回復してよかったのですが、ちょうどこの時間、余震もあり、津波の危険もあるという情報で、市内のお子さんのお宅へ身を寄せるつもり、とのこと。海から200mちょっとの距離のお宅ですが、大地震当日は床下までの浸水だったそうです。

ともかく、津波情報で高台への避難を消防が広報していたので、避難場所の小学校へ寄ると、テレビでは、福島第一原発3号機の建屋爆発の様子の映像。

そして地元地域のみなさんが自家用車や徒歩で次つぎと高台のこの小学校に避難されてきました。

その後、日用品の買い物をしようとホームセンターに行くと、「原発で臨界爆発があったので店を閉めます」と。

津波情報源は、消防庁だったり、警察だったり、自衛隊だったりのようですが、気象庁はその観測事実はない、と言うし、原発情報も水素爆発が臨界爆発になってしまったり、非常時のもとでの情報錯綜を目の当たりにしました。

【久ノ浜第一幼稚園】

【久ノ浜南町】

午後はいわき市北部の久之浜地域、四倉北部の被災状況を見てまわりました。久之浜地域は、原発の状況から、市が住民に自主避難を促していることもあり、津波被害がもっとも大きかった地域に入ることはできませんでしたが、海岸近くなだけに甚大です。

【四倉・蟹洗温泉】

家を流されてしまったかたがたの住居、食料はもとより、水道復旧の見込みがないなかでの水の確保や、車がなければ移動できなくなってしまっているのにガソリンがないことは全市民に関わり、原発震災では市外からの避難者も多くあり、そのうえ正確な情報が避難者・市民が共有できていない現実、なにか手助けしたいと思っているかたがたが何をしたらいいのかわからない状況が現時点です。

【小名浜一小避難】

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断水/豊間と薄磯は壊滅/堤防決壊/教訓

【薄磯】

【薄磯・塩屋崎灯台】

大地震直後からいわき市全域で断水です。復旧時期はいまのところ不明。

介護施設責任者の妻が給水のための時間をとれるはずもなく、当然、私がわが家の水確保担当者で、きのう・きょうと給水場所に並んだものの、なくなってしまったのでした。

きょうの夕刻はいわき市水道局前で1時間ばかり待ち、やっと数日分の確保。なおかつ、水を確保しやすい条件にあった友人がゆずってくれ、大助かりです。

トイレ用には近くの川に往復して確保しました。

【豊間・堤防決壊】

高橋市議と海岸に近い平の豊間(とよま)・薄磯(うすいそ)地域に入りました。

絶句です。壊滅、全滅です。

【豊間・塩場】

積み増しした堤防が決壊した現場では、地元のかたが「強く要望して積み増ししてもらったが、なぜ最初からちゃんとしてもらえなかったのか。行政は住民の立場に立ってほしい」と訴えられました。

【豊間・塩場】

ともかく、津波の想像を超える力にはあ然なのですが、政治と行政はこの教訓を真剣に受け止めなければなりません。

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実家のぶじ/四倉/目の前を津波/「病院に行きたい」

【仁井田川畔】

早朝、海岸から数百メートルしかないところに住む、妻の実家や親族宅へ。 あの津波の様子を報道でみて、連絡もできず、気が気でなく、避難所の中学校に身を寄せているだろうと思いつつ、それぞれの自宅の様子を見に行くと、みんながそれぞれの自宅でぶじでした。 海岸にいちばん近い家では、前の道の10メートル先まで海水が届いた様子。ともかく、距離的にも近いのに、連絡がとれない不安は解消。 小名浜生協病院へ寄り、みなさんのぶじと病院機能の維持確認。

【四倉6号線沿い】

四倉へ行くと、商店街メイン道路まで津波が押し寄せた様子。道路の東側が海側ですが、西側の商店店内も水浸しでした。四倉支所前もモノが押し流されてきた様子。 さらに海側の国道6号線は、津波が運んだ砂がかぶり、国道沿いの家には津波に流された車。

【四倉 道の駅】

役員を務めている社会福祉法人の特別養護老人ホーム・楽寿荘は難を逃れました。海岸は数十メートル先なので心配でしたが、ちょっとした高台でよかったです。 津波の波しぶきが目の前で跳ね上がる恐怖を施設長が語ってくれました。

【小名川ポンプ場近く】

再度、小名浜へ行くと、津波に襲われたようすがありあり。 足をふらつかせているだんなさんの手を引く高齢ご夫妻とばったり。「病院に連れて行ってほしい」と。さっそく生協病院に案内しました。

東日本大震災の被災地に思いをはせて(12)福島県 藤川しゅく子 県議

東日本大震災の被災地に思いをはせて、被災地とその近隣地の日本共産党地方議員が作成しているホームページやブログにアクセスしてみました。福島県 藤川しゅく子 県議のホームページから転載します。

県議会の災害対策本部設置・・・県災害対策本部、党災害対策本部と連携し

14日に、県議会災害対策本部が設置されました。

県災害対策本部および各政党の災害対策本部と連携し活動を展開中です。

党災害対策本部はニュースを発行しています。

避難所情報をお知らせしたり、身近な住民の困りごと対応にあたっています。

避難所の保健師配置や、支援物資運送業者のガソリン確保など、寄せられた要望を災害対策本部につないでいます。

ガソリン不足は深刻で、支援物資運搬に支障が出ています。避難者の車がガス欠で身動きできない状況もでています。

一日も早いガソリンの供給が求められます。

市内各地の避難所は満員状態で、灯油も十分ではなく今夜も厳しい状況が予想されます。(写真は赤旗より)

そんな中、住民の困難に心寄せ頑張っている行政職員の姿があります。

マスコミの皆さんも、ほとんど寝てない状態で、福島の状況を全国に発信し続けています。

私たち議員も地元と連携しながら頑張っていますので、身体に気をつけて支援活動にあたりましょう。

FAXニュースも発行しています。

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県議会繰り上げ閉会・原発災害の申し入れ

14日に県議会が閉会しました。

地震災害対策のため、予定されていた総括質疑や討論を中止し、本会議を開き議案採決を行いました。

議場は被災し危険で入れないため、庁舎の大会議場で議会を開きました。

みな作業着姿でした。

原発の水蒸気爆発をうけ、知事は、東電に対し強く強く要請する、と声を大にして述べました。

日本共産党は、原発が津波に弱い構造になっていることを、以前から指摘し、改善を求めてきた経過があります。

しかし、改善されることなくプルサーマル実施に踏み切ったのは知事です。

そのプルサーマル実施炉も爆発しています。

県政の責任も問われます。

危険な原発は廃炉にし、安全な再生可能エネルギーに切り替える、政府の大きな政策が必要です。

控室が被災し委員会室で執務をとりました。

本庁舎内は、あちこち壊れています。

福島第一原発の2号機は、格納庫が損傷する重大事態を迎えていることから、住民に対するヨウ素剤配布などについて緊急要請を2回にわたりおこないました。

自衛隊や内閣府職員なども入り、大混雑している災害本部に神山県議とともに要請しました。

2号機の格納庫損傷で大量の放射性物質が拡散されるとなれば、住民に放射線に対する正しい知識が必要です。

放射線医療の公的専門機関である、放射線医学総合研究所(広島・千葉)の専門家の助言を受け、マスコミを通じ県民へ情報提供することを提案しました。

また、大量の放射線を浴びた場合、子ども達や妊婦にはヨウ素剤投与も検討する必要があります。

ヨウ素剤の配備状況確認と配布体制を求めました。

マスコミにも情報提供しました。

なかなか具体化が進まないので、深夜1時に再度、同様の要請を行いました。

原子炉の格納庫が損傷する(爆発も含む)事故は、日本人が経験したことのない重大事態です。

放射線の影響を少しでも軽減させるためには、科学的知見にもとづいた対策が必要です。

同時に、放射線に対する正しい知識の広報も必要です。

原発行政に警鐘をならしてきた私達だから、現時点におけるよりベターな(残念ながら、ベスト策はない)対策を提案してまいりたいと思います。

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大地震災害対策にあたっています・・・がんばろう福島

やっとネッとが回復しました。

東北関東大地震が発生し、私は当日から災害対策にあたっています。

11日に地震が発生した時は県庁で仕事中でした。

大きな揺れに控室はめちゃめちゃになりました。

何もはおらず県庁を脱出し、紅葉山公園に避難しました。

雪が降ってきて寒いのと、何度も来る大きな余震に恐怖を感じました。

携帯が不通で、家族の安否も不明でしたが、県の災害対策本部の情報をもとに、党の災害対策本部を立ち上げました。

県庁が壊れたので、県の災害対策本部は自治会館におかれました。

災害対応の県庁職員は自宅に帰らないで任務に就きました。

県内の情報収集と情報の共有がなされました。

非常時は、行政と住民の協力が大切です。

私たち議員も超党派で災害対策にあたります。

12日は、朝6時半から市内各地の避難所に出かけ、要望を聞き、市の災害対策本部に住民の声を届けました。

また、災害対策本部の情報も各避難所に伝え喜ばれました。

避難所は学習センターや学校です。職員も不眠不休で頑張っています。

原発爆発で、双葉町や浪江町などから数百人規模の住民が避難してきており、対応に追われています。

避難所も被災しています。

学習センターの図書室です。

本が散乱していますが、避難者への対応で片付ける時間はありません。

赤ちゃんや高齢者、障害者もいるので、保健師の配置を市に求め具体化されました。

避難所からは、灯油や発電機用のガソリンの要望もだされ、本部に伝え対応しました。

原発の炉心溶融では、大量の放射性物質が漏れ、住民が汚染されていますので、ガイガーカウンター検査と早期のヨウ素剤投与が必要です。

国会議員に連絡をとり、内閣官房にヨウ素剤の手配を要請しました。

枝野官房長官はヨウ素剤の手配を約束してくれました。

紙ともこ参議院議員と、大門みきし参議院議員とともに、県知事に対し、ヨウ素剤配備について伝え避難民への対応を求めました。

原発立地町の住民を受け入れている福島市も断水です。

給水車に長い列ができ、2~5時間も待たなければなりません。

でも、苦情を言う人はありません。

みんなが大変なのだから、お互いに助け合おうという気風が高まっています。

行政に連携し、災害支援ボランティアセンターを立ち上げることとしました。

未曾有の災害です。

みんなの知恵と勇気でこの災害を乗り切るためには、民間と行政の連携・共同行動が大切です。

みなさん、頑張りましょう。

東日本大震災の被災地に思いをはせて(11)福島県 宮川えみこ 県議

東日本大震災の被災地に思いをはせて、被災地とその近隣地の日本共産党地方議員が作成しているホームページやブログにアクセスしてみました。福島県 宮川えみこ 県議のホームページから転載します。

不足しているのはガソリンです、被災地に急いでガソリンを

2011 年 3 月 16 日 emiko.m コメント 2 件

16日、皆さんからの要望で多いのは、車のガソリンです。人工透析に行くのにガソリンがない、水が出ないので水を汲みに行くのにガソリンがない、買い物に行くのにガソリンがないといいます。緊急の時はできるだけのことをしていますが、ガソリンがないと本当に困ります。今日はガソリンのようすを見ながら勿来支所の災害対策本部に行ってきました。市長から要請のあった家庭用常備薬を持っていきました。

いわき市も被害が大きいですが、福島県も北部、そして宮城県、岩手県と被害が大きいところに大至急ガソリンを届けるために全力を尽くしてください。

写真は、支援物資が入ってきている勿来支所災害対策本部。

写真は、待機している消防自動車と救急車。

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「人工透析の対応相談」など・新聞は16日から完全ストップ

16日、今日から新聞は、赤旗新聞・一般新聞すべてストップです。情報はテレビです。インターネットはまだ大丈夫です。電話も今のところ通じます。

「人工透析ができなくなった」、「ガソリンがなくて透析にいけない」などの相談が相次ぎました。情報を提供しながら、透析に行くときは滞在できるように避難対応体制ができるようにしていくようにアドバイスしました。

写真は、相次ぐ電話。

写真は、昨日までの新聞。

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原発震災・祈るような思いです・・

2011 年 3 月 15 日 emiko.m コメント 2 件

15日、いわき市の北の一部が屋内避難指示になりました。勿来地域はいわきの南端にありますので今のところは対象外です。これ以上の深刻な事態になったらと思うと・・祈るような気持ちです。どんな震災にも負けないとここ数日がんばってきましたが、原発震災は防ぎようがありません。「共産党の言うとおりになってしまった」と、次々に怒りと行政に対する非難と悲痛な声です。でも最善を尽くすことでがんばっている皆さんに期待したいと思います。

写真は、断水対策のため水を汲みました。

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「私はこうして原発から逃げてきました」と、避難所で聞きました

 14日、原発で仕事中に地震にあって逃げてきたという関連企業のトップクラスの人(SV)に避難所で出会いました。〇この方は、地震のとき第二原発4号機で働いていました、仕事が終わり東電社員の方のチエックを受けようとしていた時、きひどい揺れに見舞われ変圧器にスプリンクラーが働いてみんな外に出た。上から携帯に直ぐもどれと指示があり、走って郊外に出た。その時南と北の土手が崩れ砂埃が上がった。坂の上の事務所にたどり着いたら発電所の入り口を越えて駐車場の車が一斉に流れた、このとき東電の社員は運転のために残った

〇(第一原発の1・2・3と次々と)津波で冷却用モーター動かない、非常用のモーターも動かない要因をどう見るかの問いに対し、第二原発の方が第一原発よりレベルが高い、水準が高い、だから第二は問題が出ないとではといいます。第二原発は関連会社との連携もいい、仕事しやすい、動きも早い、指導も良くできるといいます。〇避難場所に集合して、安否確認をして、自分の車で勿来に向かった。6号国道を避けて36号線を南に逃げて来たといいます。

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原発からの避難の人も・「雇用促進住宅に入りたい」など避難所要望聞き取り

14日、今日は朝から各避難所を訪問しました。食べ物・飲み物・寒さ対策・情報など要望がたくさんありました。原発からの避難の方も目立ちました。いわき市北部の久ノ浜はバス30台で内郷などに避難しました。その他の方では自主避難したかたもいました。中には、地震の時原発で働いて逃げてきた人の話も聞きました。市の職員の方も消防の方も不眠不休でがんばってくれています。

雇用促進住宅に入りたいという要望が多くあったので、市対策本部・県・共産党国会議員にも要請しました。勿来には空いている雇用促進住宅がたくさんあります。

写真は、避難所で要望を聞いているところ。

写真は、通学路に落ちてきた岩。

写真は、かわらの修理・各所で。

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大地震3日目・勿来地区被害状況 / 小浜・詳細写真

2011 年 3 月 14 日 admin コメントはありません

【倒壊した小浜の家屋】

【倒壊した小浜の家屋】

【家が流失した小浜渚地区】

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大地震3日目・勿来地区の被害状況 / 岩間・詳細写真

2011 年 3 月 14 日 admin コメントはありません

【常磐共同火力先の水田】

破壊された堤防

【壊滅的な状況の岩間地区】

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大地震3日目・勿来地区の被害状況 / 根小屋・詳細写真

2011 年 3 月 14 日 admin コメントはありません

【根小屋植田中学校脇】

【根小屋植田中学校脇 橋】

【根小屋市道】

【根小屋植田中学校南側の道路】

【根小屋・金成宅付近】

【根小屋・大津宅付近】

【根小屋・大津宅付近】

【根小屋・ユタカ商事前】

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大地震3日目・勿来地区の被害状況 / 佐糠・詳細写真

2011 年 3 月 14 日 admin コメントはありません

【佐糠・常磐共同火力脇】

【佐糠・常磐共同火力脇】

【佐糠・上州屋前の県道をふさいだ車】

【佐糠・乗り上げた自動車】

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大地震3日目・九面漁港・錦須加・役所交渉

2011 年 3 月 13 日 emiko.m コメント 2 件

写真上は、漁協組合長さんと役所交渉

13日、今日は 漁協組合長さんと役所と交渉海岸に沿って南下しながら錦須加と九面漁港を訪問しました。九面漁港では、水も食料もなく、また、船が沈んでいるのを引き上げるためのガソリンもありません。このことで市役所交渉を漁協組合長と行いました。水・食料はOKになりましたが、ガソリンはやっぱりありませんでした。錦須加は亡くなった人は1人でしたが、集落はすっかり破壊されてしまいました。かたずけをしていた人が①雇用促進住宅に入りたい②行き来の橋の補修③まだ避難所に食料などが届いていないなどの要望があり役所交渉を。勿来支所に今日は3回も行きました。夕方は、避難所の汐見小学校を訪問しました。

水道が使えないところが多く、宮川事務所に汲みに来る方も多いです。中には子どもが小さくて本当に困っていたという方も。夜はすっかりダウン。

写真は、上は九面漁港で湾内に船が多数沈んでいるところ

写真上は、漁業共同組合と市場が破壊され無線も使えない、活魚入れも流されたと。

写真上は、やっ来た給水車に皆さんが水をもらいに

写真下は、九面地域の勿来海水浴場脇の民宿

写真下からは、錦須加の状況・ここも壊滅的です

写真下は、宮川事務所で水が出ますと・・

写真下は、すっかりくたびれて・・・

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大地震第一日目・議会を終わって福島市からやっと帰る

福島市から、2時の高速バスで帰る途中常磐高速道路上の小野町近くで大地震に遭遇。高速道路陥没のため国道49号に出るがここは大丈夫だった。平の好間からは山道を通って勿来の宮川事務所に向かう。途中は信号はところどころだめ・道路はあちこち亀裂・水道管は破裂・ブロックが倒れている・電線らしきものがぶら下がっている・2倍の時間がかかったが何とかたどり着いた。断水・停電の地域は多い。自宅は電気は来ていたが水道がだめ。息子は2時間かけて歩いて帰ってきた。平に勤めている弟は近所のビルが倒壊したとのこと。スーパーマルトは閉店。セブンイレブンは水・食べ物売り切れ。夜10時ころ家が半壊して入れないという相談の電話があり災害対策本部に相談した。ガソリンは山田の方に行って入れた。水はやはり山の方の自動販売機で多く買った。道路の真ん中で水道管が破裂していた。そこに水を汲みに来ていた人もいた。原発の安全を祈るばかりです。

写真は、家の前の道路から吹き上がる水、ここに断水になった人が水を汲みにきた

東日本大震災の被災地に思いをはせて(10)福島県 神山悦子 県議

東日本大震災の被災地に思いをはせて、被災地とその近隣地の日本共産党地方議員が作成しているホームページやブログにアクセスしてみました。福島県 神山悦子 県議のホームページから転載します。

県議会の日程を2日短縮し、きょう閉会                                                                                                                県へ原発震災への第4次要望を申し入れ

2011 年 3 月 14 日 e-kamiyama コメント 2 件

14日、本来なら県議会の総括審査会をきょうから2日間開く予定でしたが、11日の地震災害・原発災害発生を受けて中止しました。議場は、天井ガラス板が落下。私の議席はコンクリート破片などで真っ白でした。

 16日が閉会の予定でしたが、今日14日中に採決・閉会とすることで合意し、結局最終本会議は夜7時30分から開催し、8時過ぎに閉会となりました。

 その合間をみて、断続的な地震の揺れの中で、めちゃめちゃになった控室の片付けをしたり(この部屋も危険なので別の部屋へ引越しすることに)、県災害対策本部へ申し入れをしたり夜8時半まで県庁内にいました。

 ところで、県議会の災害対策本部(議長が本部長)を設置することを本会議で決定し、その第一回目の会議を本会議終了後に開催。共産党からは私が委員となりました。

 議長は最初設置後の委員選定と顔合わせと考えていたようですが、ガソリン不足や避難所不足など緊急に対応すべきことがあると自民党から意見が出ましたし、私も、それに加えて原発の被曝者避難民への対応も早急にすべきと提案。これらの意見を議長から緊急に県へ申し入れすることで一致しました。

 それにしても、きょうも、東電の福島原発は次々と炉心溶融をおこし、海水で冷やすも結局ダメで、完全に制御は難しい状態になっています。

 そして、恐れていたプルトニウムを含むMOX燃料を入れた第一原発3号機が、きょうついに爆発。第二原発も危ない状態です。一方、原町共同火発も重油タンクが爆発しました。【報道する福島民報・民友の2紙】

 現実に今、原発震災の実態をみて、「原発問題は、まさに共産党が言っていたいうとおりになった」と各方面から率直な感想が寄せられています。

 きょうは、ある週刊誌の記者から電話をいただき、07年に東電へ申し入れた原発震災対策を求めた県議団のHPの文書をみたが、今現実に起きている事態への的確な指摘だったといわれ、コメントも求められました。

 また、県議会の会議の合間をぬって、共産党県議団と県委員会の連盟で、藤川県議と一緒に県へ第4次の申し入れを行ない、県生活環境部の荒竹次長が応対しました。

 緊急車両などを含め、県民もガソリン不足は深刻で、国へ直ちに対策をとるよう要請することや、被災地に取り残されている障がい者、病人、高齢者など災害弱者を緊急に救出すること。避難民の受け入れは余裕が亡くなっていることから、雇用促進住宅の活用など公営住宅の開放をすること。

 原発地域からの避難者への対応については、ヨウ素剤の配布をすでに申し入れたが実際に配布されていないことから急ぐよう求め、スクリーニングする機材や体制の確保なども求めました。

  本会議場が使用できず、本庁舎5階の正庁で2月県議会最終本会議が行なわれました。(14日夜7時半~8時10分)

写真は、提案された88議案のうち、東港建設、やまの道林道建設(旧緑資源)のムダ遣いや職員350人削減などの11年度予算案・2月補正予算案と、各種手数料・使用料値上げ8議案、県の建設事業へ市町村負担を求める議案など23議案に反対し、採決で着席する党県議団。意見書7件は、全会派一致で採択。人事案件2件は、いずれも再任のため反対。

カテゴリー: 県政・県議会 タグ:

党県議団と県委員会が、東日本大震災で知事へ要望申し入れ                                               県議会は、総括審査を中止し16日に閉会

2011 年 3 月 13 日 e-kamiyama コメント 1 件

 12日は党県議団と県委員会で、13日は大門実紀史参院議員も加わり、相次いで知事へ大震災の要望申し入れを行ないました。共産党県委員会は11日夜に震災対策本部を設置し、情報収集を行なってそれをふまえての要望です。

 私自身は、郡山だったので、申し入れには同行できませんでしたが、震災発生翌日の12日の申し入れでは、特に原発めぐる最悪の事態への対策、避難県民やライフラインの復旧、物資の提供など5項目について要望しました。

 特に、原発は、共産党の指摘してきた通り、最悪のシナリオをたどっていることを指摘し、あらゆる方策をとって人命と環境負荷を抑えること。そして、全県民規模のヨウ素剤を準備市、配布するよう求めました。

 時間との勝負になっている人命救助に全力をあげることや、各避難所での発電用ガソリン、ストーブ用の灯油、水、毛布、食料が不足しているため、国に要請すること。保健師を配置指、乳幼児、重度障がい者、高齢者への対応を図ることも求めました。

 13日の第2次申し入れでは、日本発の原子炉炉心溶融によるレベル4の大参事となり、被曝者が次々と発生するなど、一刻の猶予も許されない事態です。

 避難区域を半径50キロ以上に広げること、半径100キロ地域の避難計画をただちに準備することをまず求め、ヨウ素剤を原発に近い地域からすぐ配布を始めることや放射性物質の拡散時に必要なマスクや物資を全県民規模で確保すること。

 県自ら情報をいち早く集め、国や東電待ち出なく必要な措置を取ること、全国の原発をた直ちに停止し検査するよう、国と東電に申し入れることも要望しました。

 ところで、震災を受けて県議会の方も、残り3日間の運営について議長召集のもとで各派代表者会議で協議。団長の私にもお呼びがかかり、渋滞で少し遅れましたが県庁へ行ってきました。16日閉会はそのままですが、14~15日に予定していた総括質問は中止することになりました。

カテゴリー: 日常活動 タグ:

東北太平洋沖地震被害、福島県でも甚大                                             東電福島第一原発1号機が爆発

2011 年 3 月 13 日 e-kamiyama コメント 2 件

 11日、午後2時46分に発生した大地震の恐怖の体験を、私は一生忘れないだろうと思います。それは、今回の地震を体験された多くのみなさんも同じではないでしょうか。

 マグニチュード8.8と記録され、明治以降の観測記録では過去最大規模の地震で、東北太平洋沖地震と名付けられました。太平洋プレートが大きく動いたようです。

12日は、地元の被災のようすをみて回りました。中田町では、電気やガスは大丈夫ですが、市水道も簡易水道も配管の破断などで給水されないため、行政センターで給水車による配給を行っています。職員にあいさつしながら、わが家ももらってきました。

 中田の老人施設では、飲み水はもらえるが、食事、トイレの水がないと聞きました。その帰り、自然にわき出ている水をくんでいる施設所職員の姿がありました。

 地元の被害は屋根瓦が落ちた世帯が結構多くありました。ブロックべいが落ちたり、道路の陥没、法面の崩れも少しありました。強い余震は、きょうも続いています。

 

 【中田行政センターで給水車から水をもらう住民】

     

 

 

「屋根瓦が落ちた被害】

【倒れたブロク塀】

 11日の地震発生時は、県議会の企画環境委員会の審査を終え、控室に戻りほっとしたばかりでした。すでに、宮川県議は午後2時の高速バスで地元へ向かっている最中。私は藤川県議と2人で控室にいました。

 耐震診断Dランクの県庁が地震で大きく揺れ出したので、私は部屋のドアを開けて廊下へ半分出たところ、入口近くの本棚がバタンと倒れ、部屋は危ないと藤川さんと2人で廊下の壁につかまっていたら、電気がついたり消えたり蛍光灯が激しく揺れ、壁の細かい粉がパラパラと・・・。ガラス窓は危ないしと2人で怯えながらも必死でした。その時間のなんと長いことか。

 いったん治まりかけた時、外へ逃げようといつもの階段へ行ったら床が壁の破片だらけでぞっとし、広い方の階段へ向かうとやっと職員のみなさんと一緒になりました。

 すぐそばのもみじ山公園は、県職員や議員であふれました。庁内には許可が降りるまでは戻れなくなり、雪まで降ってきたので、知事公舎でトイレを借りてそのままテレビの地震・津波情報をみていました。

 相馬市と南相馬市があっというまに飲み込まれていくようすが映し出され、行方不明者はその後1,800戸も・・・。老人ホームもその犠牲に。甚大な被害にただ驚くばかりです。

 余震は何度も続きましたが、夕方6時近くにようやく中に入ることが許可され、車のキーとケータイ、バッグやコートをとってきました。控室は、本棚が倒れて書類が散乱し足の踏み場がない状態でした。帰りは、福島市内の大渋滞を3時間でようやくくぐり抜け、自宅に着いたのは夜10時半を大きく回っていました。

           *******

 ところで、12日午後3時半すぎ、東電福島第一原発1号機が爆発しました。放射能漏れの可能性は否定できません。東電社員2人と作業員2人がケガをし、避難住民の3人が被曝し双葉厚生病院で汚染除去をしたと報道されています。住民避難の範囲は、政府の指示で半径10キロから20キロに拡大されました。しかし、ヨウ素剤を避難住民に配ったのかどうかは聞こえてきません。

 地震被災と原発の放射能漏れによる労働者と住民への複合被災は大変なものです。原発の危険性については、党県議団が一貫して指摘してきたのに、国も県も、そして東電も無視し、まともに応えようとしてこなかったのです。一方、その彼らを支え原発を推進してきたのは自民・公明、民主の各党です。

カテゴリー: 県政・県議会 タグ:

東日本大震災の被災地に思いをはせて(9)仙台市 嵯峨サダ子 市議

東日本大震災の被災地に思いをはせて、被災地とその近隣地の日本共産党地方議員が作成しているホームページやブログにアクセスしてみました。仙台市 嵯峨サダ子 市議のホームページから転載します。

2011年3月16日(水曜日)

命の治療食を届けて

カテゴリー: - saga @ 22時52分57秒

 夕べ向山で独り暮らしをしている高齢の女性から電話がありました。腎臓病患者さんで治療食を取り寄せて食べているが、宅急便がストップしているために届かず困っているとのこと。
 朝にお宅を訪問して、食品を確認。高砂に治療食を販売している営業所があるということで、高見のり子議員に頼んで品物を購入してもらいました。県委員会まで届けてもらい、早速向山のお宅に届けました。「命を助けていただいて有難うございます」と、喜んでいました。高見さん、ありがとうございました。
 ぼたん雪が降りしきるなかでしたが、私もホットしました。初めてお会いする方でしたが、ポスターを見て応援していましたと。

 

東北地方太平洋沖地震 被害対策にかかる緊急要望

カテゴリー: - saga @ 10時48分28秒

東北地方太平洋沖地震 被害対策にかかる緊急要望 その1

                           2011年3月14日
                           日本共産党仙台市議団
                           団長 福島 かずえ

前例のない大地震・大津波に見舞われ、人命救助を最優先に被害者対策に全力をあげられていることに敬意を表します。
私どもに寄せられている被災者からの要望に機敏にこたえられるよう、下記の通り申し入れます。

1、行方不明者の捜索をはじめ、孤立状態にある被災者の救助に全力をあげること。
2、人口透析患者の人工透析受け入れ病院の確保に全力をあげること。
3、酸素吸入の必要な患者に対して、酸素ボンベを確保して供給すること。
4、医療・福祉施設において自家発電を維持できるよう、A重油や軽油、灯油の供給対策に全力をあげること。また、関係者の車両に必要なガソリンの入手が困難になっていることから、国に対し、必要な燃料が供給されるよう強く要望すること。
5、医療・福祉施設において、食料、暖房が確保されるよう万全を期すこと。重度心身障害者施設ではオムツが足りないとの要望があり、対策を講じること。
6、避難所において水と食料、暖房と照明の確保、毛布、衣料、トイレ、女性の生理用品・オムツ、粉ミルク、哺乳瓶など避難住民の必要物資と体制、医療の確保に全力をあげること。臨時保育の体制をとること。
7、高齢者、障害者などを受け入れる福祉避難所を準備すること。
8、市民に必要な情報が正確に伝わるようにすること。
9、原子力発電所の事故について、市民に正確な情報を出すこと。

   仙台市長
        仙台市災害対策本部長  奥山 惠美子 様

2011年3月15日(火曜日)

未曾有の大災害に懸命に立ち向かって

カテゴリー: - saga @ 22時43分40秒

 3月11日2時46分頃に起きた大地震。議会が休憩に入って控え室に戻った時に突然の激しい揺れに見舞われました。とっさに机の下に隠れて揺れがおさまるのを待ちましたが、長い揺れにただごとではないと感じました。
 大津波でたくさんの人がのみ込まれ命が喪われました。想像を絶する事態です。ライフラインが止まり、日常生活に支障を来たしています。私の家も電気はやっとつきましたが、ガスと水道が止まっています。幸い、遠くにいるこどもたちがレターパックで食べ物を送ってくれて助かっています。
 娘婿が広島県の消防救援隊に志願して宮城県に来て救援にあたっています。「ひとりでも多くの命を救いたい」と言って来てくれました。小学1年の孫が日記に「おとうさんはマグニチュードのところにいきました。ひとをたすけにいきました」と書いたそうです。
 西多賀事務所(嵯峨サダ子市政事務所)では12日の朝から、水、お茶、トイレの提供を始めました。おにぎりやカップラーメンなどの差し入れもあり、大勢の方が立ち寄られ夜までにぎわいました。ライフラインが復旧するまで続けることになると思います。身近に役立つ共産党の真価を発揮して頑張っています。

東日本大震災の被災地に思いをはせて(8)仙台市 すげの直子 市議

東日本大震災の被災地に思いをはせて、被災地とその近隣地の日本共産党地方議員が作成しているホームページやブログにアクセスしてみました。仙台市 すげの直子 市議のホームページから転載します。

2011年3月15日(火曜日)

救援活動中

カテゴリー: - sugeno @ 18時27分23秒

 今日は、午前中は議会最終日のため、議会へ。

 昨日から、地元の宮町事務所が水が出るので、張り出しもして、給水、トイレの解放をしています。昨日は、夜10時過ぎまで人がひっきりなしでした。

 「気仙沼出身なんですが、まだ実家とまったく連絡が取れない」と、涙を浮かべる若い女性3人が最後にきました。おにぎりを渡して、「頑張ろうね」というしかありません。

 朝は9時からの予定でお知らせもしていますが、私が到着すると、すでにお二人の方がペットボトルなどを抱えて待っていました。本当に切実です。
 
 今日は、ぐっと寒くなってきました。明日はもっと寒くなるよう。避難所にも行ってきましたが、今晩はつらい夜になりそうです。みなさんの体調が心配です。

 

2011年3月13日(日曜日)

支えあう人々と触れて

カテゴリー: - sugeno @ 23時40分03秒

 今日も基本的に、地元で活動。

 昨晩、電気は復旧しましたが、水道、ガスの見通しは立っていません。
 食材や、車のガソリンを買い求める方々の長蛇の列もできています。

 この間、だいぶ体は疲れてもいますが、人の(とりわけ若者の)優しさに触れて、心救われています。

 昨日は、足の悪い見ず知らずのおばあちゃんを、駅裏から東六の避難所に連れてきた二人のカップルと出会いました。おばあちゃんいわく、「ここには知り合いがいない。昨日はここにいたんじゃない。別の場所だった」とのこと。若い女性が「この近くに、別の避難所はありますか?」と。
 私もおばあちゃんとお話してみると、どうやら小松島の模様。話すと、二人は、いやな顔もせず、「じゃあ、そっちに一緒に行ってみます」と連れて行ってくれました。

 歩くのが困難な方に、車いすを持ってきてみると、若い女性2人がすぐに手を貸してくれて、避難所まで連れてきてくれる。「何かお手伝いできるかと思って」と、大学生が避難所に来て一生懸命働く姿・・・。まだまだ、困難はたくさんあるものの、人の温かさに触れて、あったかい気持ちになることしばしばです。

 さっきは、「近くでガス欠の車があります」の掛け声に、集会所から5、6人が一挙に駆け寄って、あっという間に無事目的地まで、押してきました。

 明日も朝から、頑張ります。
 
 

2011年3月12日(土曜日)

甚大な被害に・・

カテゴリー: - sugeno @ 23時26分36秒

 地震被害の大きさを見るにつけ、その甚大さに絶句しています。

 我が家は、みんな無事。昨日は中学校の卒業式だったのに、突然の地震。
 子どもたちの安否を確認した後、避難所である体育館やコミュニティセンターを何度も往復しました。地元の集会所で炊き出しも開始。ご飯を食べていない子どもたちや、車で一夜を過ごした方、熱を出して横になる子どもたちへの対処など、みんなで力を合わせて過ごしました。

 とりわけ、東六番丁小学校には、駅からたくさんの人が避難に身を寄せ、校庭や教室までとにかくいっぱい。小学校の先生方が、本当に夜を徹して対応してくれたのには、頭が下がる思いです。

 先ほど、夜10時過ぎ、小学校に行っている時に電気が復旧。思わず、その場にいた人から喜びの声が上がりました。

 まだ、身近な方の安否確認が取れていない方もいます。まだまだ、大変です。

東日本大震災の被災地に思いをはせて(7)仙台市 花木のりあき 市議

東日本大震災の被災地に思いをはせて、被災地とその近隣地の日本共産党地方議員が作成しているホームページやブログにアクセスしてみました。仙台市 花木のりあき 市議のホームページから転載します。

2011/03/17

今日はさらに寒さが厳しくなっています。

 ガソリンもなく昨日は吉成地域での活動。固定電話が通じたので連絡が取れていなかった人たちと午後は対話、情報交換をしました。

 地元吉成地域の水道の復旧は、
   南吉成6丁目→7丁目→2丁目→1丁目と昨日は出ました。
   この先が吉成配水所。そこがいっぱいになれば地域一帯に給水が
   再開されると期待しています。

 避難所の状況を聞き、今日はその相談に向います。

PS 今朝6時過ぎからガソリンスタンドに並んでみましたが、店は開きませんでした。明日また並んでみます。

 

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2011/03/16

こちらは雪です 仙台青葉区吉成

昨夜は雪になりました。我が家の前はこんな感じ。(TV中継でみると市の中心部は積もっていないようですが)

Dscn7353

長女が、雪かきをしてお風呂へと運んでいます。(トイレ用の水として)
左に見えるプールで雨をためようと思ったのですが・・・凍っています。

水道については昨日書いたとおりです。

ガスは、ガス局の工場の被害が予想より大きいことがわかり、「1カ月では済まない」という発表になりました。全市的に、カセットコンロや、ボンベが大量に必要になります。

今日は吉成の事務所を軸に、活動します。

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地震・津波行方不明者一覧(宮城県警)

多くの人が行方不明になっています。

宮城県警の以下のHPで一覧が掲載されています。
http://www.police.pref.miyagi.jp/hp/jishin/yukuehumei/yukuehumei.html

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2011/03/15

仙台市 水道の復旧について

電気はずいぶん復旧してきました。ガスは1カ月はかかると言われています。
水道はどうか・・・。

市中心部では出ている。柏木で出た。八幡で出た。作並は出ている・・・など聞えてくるが、では吉成は?と言われると分からない。

七ヶ宿ダムから水を引いている県の広域水道が復旧に時間がかかるため断水が長期化するところがあるとの報道も。災害対策本部の発表でもよく分からないので、水道局に聞きに行きました。

これは、仙台市の配水系統図です。(詳しくはPDFファイルでここから「suidou.pdf」をダウンロード

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左側の水源から浄水場、配水所、配水地域へと系統が書かれています。仙台市は現在8つの浄水場をもっています。それに県広域水道から水を買っています。(これが高い!)

右の地域からさかのぼってみて行くと、広域水道しか繋がっていないのは、赤で囲んである地域です。

○青葉区錦ヶ丘・上愛子・愛子中央
○青葉区折立・青葉山、太白区八木山・茂ヶ崎など
○太白区茂庭台・生出・太白・金剛沢・緑ヶ丘など
○太白区秋保温泉
○太白区坪沼・赤石・など

(地図では赤で囲んだ地域)

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これらの地域では、広域水道の復旧を待つ必要があります。現在、白石インターのあたりで、広域水道の大変太い(φ2.6m)管が破断しているらしい。共産党県議団に確かめてもらったがこの部分の修理に2週間ほどかかるとのこと。ここが直って水を流して、さらに先の壊れた部分が見つかる・・・という作業を進めて、仙台にまで来るのはどのくらいか・・・なかなか見通しがつかない。長期の断水となる可能性が高いようだ。特別の手立てを今から考える必要があります。

私の地元、青葉区吉成・南吉成・国見ヶ丘・中山・貝ヶ森地域(地図では青の四角)も同様か!と思ったが、かろうじて黒森山配水所には中原浄水場からの水も入る管があり、広域水道復旧前にも通水が可能とのことでした。
でも、あと一週間はかかるのかなア。早くつながると助かりますが。

東の地域では2・3日中にほぼ通水できるので、現在市の給水車6台と、新潟や神戸、名古屋など他県からの応援20台の給水車の配置も、西にシフトしてもらえるようです。給水箇所が増えて近くなるといいですね。

3月16日の給水場所です

 午前7時頃から開始する給水所お昼頃までに開始する給水所
青葉区

台原森林公園(地下鉄「台原駅」側)、広瀬小、折立中、栗生小、錦ケ丘7丁目北バス停付近、東六番丁小、小松島小、吉成小、みやぎ台集会所、桜ケ丘県営住宅前バス停付近、中山市民センター

 
宮城野区

原町小、福室小、幸町市民センター、東仙台中、鶴谷東小、中野栄小

 
若林区 沖野東小、南小泉小、古城小  
太白区

四郎丸小、西多賀中、水道局本庁舎(南大野田)、東北工業大学(八木山)、向山小、茂庭台小、八木山小、太白小、生出市民センター、湯元小、秋保総合支所、仙台南インター付近(下水道人来田ポンプ場南側)

泉区

将監中央小、南光台ふれあい広場(南光台市民センター西側)、高森小、桂小、七北田小、虹の丘小、長命ケ丘小、将監小、向陽台中、泉区役所、住吉台小、館中、黒松小、寺岡中 、加茂小、北中山小、南中山小、松陵小、鶴が丘小

泉ヶ丘小 

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震災対策 緊急要望(その1)を仙台市に提出

 やっと昨日我が家にも電気きました。

 昨日、市議団会議をひらき、各地域の状況をまとめる中で、仙台市長、仙台市災害対策本部に対して緊急要望書(その1)を提出しました。

   東北地方太平洋沖地震 被害対策にかかる緊急要望 その1 

2011年3月14日 

日本共産党仙台市議団 

団長 福島 かずえ 

 前例のない大地震・大津波に見舞われ、人命救助を最優先に被害者対策に全力をあげられていることに敬意を表します。 

 私どもに寄せられている被災者からの要望に機敏にこたえられるよう、下記の通り申し入れます。 

1、行方不明者の捜索をはじめ、孤立状態にある被災者の救助に全力をあげること。 

2、人口透析患者の人工透析受け入れ病院の確保に全力をあげること。 

3、酸素吸入の必要な患者に対して、酸素ボンベを確保して供給すること。 

4、医療・福祉施設において自家発電を維持できるよう、A重油や軽油、灯油の供給対策に全力をあげること。また、関係者の車両に必要なガソリンの入手が困難になっていることから、国に対し、必要な燃料が供給されるよう強く要望すること。 

5、医療・福祉施設において、食料、暖房が確保されるよう万全を期すこと。重度心身障害者施設ではオムツが足りないとの要望があり、対策を講じること。 

6、避難所において水と食料、暖房と照明の確保、毛布、衣料、トイレ、女性の生理用品・オムツ、粉ミルク、哺乳瓶など避難住民の必要物資と体制、医療の確保に全力をあげること。臨時保育の体制をとること。 

7、高齢者、障害者などを受け入れる福祉避難所を準備すること。 

8、市民に必要な情報が正確に伝わるようにすること。 

9、原子力発電所の事故について、市民に正確な情報を出すこと。 

仙台市長 

仙台市災害対策本部長 

 奥山 惠美子 様 

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«仙台市青葉区吉成1丁目まで電気通電しました

2011/03/14

仙台市青葉区吉成1丁目まで電気通電しました

 ブログにコメントお寄せいただいた皆さんありがとうございます。

 今朝になって,我が家(吉成2丁目)の手前,吉成1丁目まで電気が来ました。1丁目にある花木事務所に来て,ブログ更新しています。

仙台市災害対策本部発表はこちら

 小中学校は18日まで休校
 保育所は  今日から開きます
 児童館は  今日から開きます(建物が安全でないところは無理でしょう)

 青葉区は,被害があまり大きくありませんが,避難している人も,家でいる人たちも,食料・燃料などが手に入らなくてあちこち歩いている状況です。生活関連の情報が伝わりません。

 全市では20万人以上が避難所に避難していると言います。揺れがまだ続いていますが,落ち着いて,電気などが通るようになると自宅が無事な方は戻ると思われます。
 電気・水道・ガスの順で復旧すると思われますが,復旧が遅れるそれぞれの地域ごと手だてが必要です。
 市中心部は昨日の段階で,電気・水とも出ていました。(青葉区柏木まで)
 周辺住宅団地は,今朝南吉成,吉成1まで電気は来ました。水はまだ・・・昨日やっと吉成小学校は給水がはじまりました。トイレ用の水としてプールの水も配りだしたとの情報です。
 ガソリンなど市内の数か所で一般給油の受け入れも始っていますが,長蛇の列。

 若林区の海岸地域などへは,議員も近付けず情報は入っていません。

 仙台市議会は,昨日会派代表者と議事運営委員会の会議を開き,明日の議会最終日,朝10時から短時間で予算特別委員会と本会議を開き新年度予算を議決して閉会することを決めました。市議会として震災対策本部を設置して情報を集約することも話し合われました。

 私は,仙台市が策定していた防災計画の想定を大きく超えた災害であり,議会として必要な手立てを臨機応変に打っていくためには,会期を延長しておくべきと主張しましたが,一致をみませんでした。

 被害の全体像が見えない中ですが,それぞれの地域の状況をつかみ,住民の皆さんが必要としている情報や物の手だてを取るためにがんばります。

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コメント

ガンバ花木!!tenugui gamba!
若かりし昔のようにバイクにまたがり市内を駆け回っている様子が彷彿とします。怪我など無きよう気をつけて!!

投稿: PEN | 2011/03/14 22:25

今日、兵庫県連協で第一回救援対策会議が開かれ参加しました。
15年前の阪神大震災を経験した役員を中心にさまさまな視点で意見交換が行われ、経験に基づいて発信し、早急に募金活動から始める事になりました。

投稿: 藤原英喜 | 2011/03/15 00:10

コメントありがとうございます。
小学校・中学校は3/18まで休校
児童館・児童クラブは、昨日から通常開設とされています。(保育所も)
核施設の安全や暖房などの状況が分かりませんが、子どもたちは徐々に日中学童(児童クラブ)にいることになりそうです。

投稿: hanaki | 2011/03/15 07:10

2011/03/13

とりあえず写真だけアップしておきます

今、議会に来ています。10分あるので、電気とインターネットつながっているので、写真だけアップしておきます。

自宅では、携帯のインターネットもつながらなくなっています。中継局のダウンか?

更新できないでいますが、元気です。

写真の時系列が逆になりました。

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東2番丁小の2避難所前(3・12)どこにいるかメモ・・・仙台から帰れない帰宅困難者が多い

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国見浄水場 ひき屋の工事中

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2011/03/12

仙台避難者10 万人超え

今日は近所の避難所を手始めに地元の被害状況を原付バイクで調べ、市役所、党地区事務所、中心部から地元までの避難所を訪ねました。途中、お年寄りだけのお宅3軒に声かけ

若林区などの状況は分からず
市中心部はあまり大きな被害なし、信号機も大学病院までは着きました。電気も朝に復旧。
太白区長町は国道が波打ち古い商店は潰れたそうです。長町病院クリニックは、建物に被害を受けたよう。
避難所には市人口の1割、10万人が来て夜を過ごしました。帰宅困難者も多数。毛布も水も食料も圧倒的に不足。コンビニ、スーパーには売り出しをまって長蛇の列。

今夜も暗い中で過ごす人がほとんどです。
我が家はリビングで寝ますすぐ外に飛び出せるようにして。

仙台市役所のHPはこちら

http://www.city.sendai.jp/m/index.html

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コメント

花木の無事が確認出来て良かったよ.

 これからいろいろ大変だろうけど,怪我をしないように気をつけてな.my mixi の,しのごさんの安否の確認がまだ出来ない.仙台駅及び東北大学医学部の周辺の被害状況はどうだろう.

 神戸でも比較的大きな揺れがあった.余震も来た.
 家のマンションのエレベータが止まったよ.

投稿: 山田哲也 | 2011/03/12 21:38

仙台市若林区荒浜新2丁目に実家がある者で、今は長野県に住んでいます。仙台市のホームページに12日18時頃荒浜小学校の400人を救助したとあるのですが、どこに搬送したのか、名簿などあるのか、おわかりになるでしょうか?

投稿: 三浦玲美 | 2011/03/13 10:51

花木先輩、お元気で良かったです
東北大学&四日市高校インターアクトクラブの後輩の中川です
これから大変だと思いますけどがんばって下さい

投稿: 中川真一 | 2011/03/13 17:35

 仙台出身の大友浩です。
 花木さん、御無沙汰していますが、みなさん無事で何よりです。
 さて、私の弟(大友浩二)夫婦・家族5人が名取に住んでおり、全く連絡が取れない状況です。また、名取市のHPの更新できないため、情報が発信されておらず、たいへん気がかりでです。
 ところで、東京の民医連からは、金曜日に第一陣が、坂総合病院の今田院長を乗せて、水などの物資を運んでいます。第二陣は立川相互病院から医師・看護師複数で向かいました。週明けにもさらに支援が進むと思います。
 ツイッターの情報交換が進んでいますね。弟家族のそちらにも発信して、連絡がつかめればと思います。

投稿: 大友浩 | 2011/03/13 21:09

花木さん無事でよかった。浦和の山です。
県内に住む他の方が心配です。気仙沼の友人に連絡がとれていません。
私の職場の生協では、水などの救援物資第1弾をトラック4台で12日朝仙台に届けました。その後も、果物・毛布等をお届けしています。救援隊第1陣も13日仙台に到着しています。全国の生協では、全力で救援準備をすすめている状況です。
不足している物資があれば、お伝えください。
また、杜の都仙台で会いましょう。

投稿: 浦和・山 | 2011/03/14 03:11

昨日、無事が確認できました。12日に自衛隊に救助されたようです。お騒がせ致しました。
私の実家は岩手にあり、また仙台には10年間過ごしていました。被災地の早期復興と第2の大地震が起きないことを心よりお祈り申し上げます。また、花木さんご自身も大変な状況かもしれませんが、仙台市の復興に向けてご活躍されることを期待しております。

投稿: 三浦玲美の夫 | 2011/03/15 00:12

三浦さま

お役にたてなくてもうしわけありません。
ご実家の無事が確認できてなによりです。

避難所での生活が長くなると思われます。
励まして上げてください。

自宅のPCにもやっと電源が入りました。
水は当分通りそうにありません。
1ヵ月はかかると言われているガスよりも遅いかも…。

投稿: hanaki | 2011/03/15 07:05

 大阪府堺市の前府会議員の奥村健二です。
 たいへんな事態に心からお見舞い申し上げます。
 12日から救援募金の取り組みを始めました。
 阪神淡路震災を体験した大阪ですから、少しでも協力したいとの市民の皆さんの思いが強いです。4日間毎日街頭に立っています。
 私のホームページの活動日誌に、仙台市議団の市長への緊急要望を転載させていただきました。被災地に皆さんの必要なことが端的にわかると思います。
 議員団はじめ党組織の皆さんはご自身も被災しておられるでしょうが、お体に十分気を付けてください。
 明日も街頭に立って救援募金活動をおこないます。
 「がんばれ、仙台。がんばれ、東北。」

投稿: 奥村健二 | 2011/03/15 23:34

2011/03/12

ご心配おかけしてます

心配かけてます
家族みんな無事に家についてます
家の前の車で寝ます
避難所となる小学校は電気つかず、大きなストーブもつきません。毛布もないところも…

どこも真っ暗です。停電は続きそうだ。避難所に発電機は備えるべき。

さて、明朝は忙しくなります。余震続いてますけど寝ます。
それぞれの家の前で過ごすことになりそうです

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コメント

大変なことになっていますが、無事で何より。引き続き気を付けてください。

投稿: 梶原陽二 | 2011/03/12 05:11

ご無事なによりです。
ネットで安否がわかるのはいいですね。

投稿: 大外郎 | 2011/03/12 08:27

ご無事でなによりです。「避難所に発電機は備えるべき」はそのとおりですね。被災者ヘの支援の輪を広げられればと思っています。滋賀より

投稿: 平野 | 2011/03/12 10:35

神戸市連の藤原です。

ご無事でなによりです。
15年前の神戸を思い出します。
お体を労って下さい。

神戸市市連でも支援の準備を進めています。
お忙しいと存じますが、余裕がございましたら
情報をお寄せ下さい。

投稿: 藤原 英喜 | 2011/03/12 10:42

30年以上前、宮城県沖地震を有朋寮で経験したものです。花木議員。大変でしょうが、身体に気をつけて奮闘を期待します。
こころの中で応援しています。

こちらも小池勝たせるべく今日・明日、地域へ入ります。

投稿: PEN | 2011/03/12 11:34

PENです。
ところで福島かずえさんは大丈夫なのでしょうか?
心配です。

 

投稿: PEN | 2011/03/12 14:20

新潟市の佐藤です。ご無事で何よりです。長丁場になります。安全と健康にご留意されますよう。
二昔半ほど前「駒場」でお世話になりました。
敬意を持って応援しております。

投稿: 佐藤博文 | 2011/03/12 16:45

愛知からアクセスしています。
みなさん無事でしょうか?。
心配しています。

投稿: 勝田 | 2011/03/12 17:09

岐阜の前川です。障害のある方たちのこと心配です。何かできることがあればお知らせください。今から佐々木さんの演説会です。

投稿: 前川香織 | 2011/03/13 13:24

東日本大震災の被災地に思いをはせて(6)宮城県 五島たいら 県議予定候補

東日本大震災の被災地に思いをはせて、被災地とその近隣地の日本共産党地方議員が作成しているホームページやブログにアクセスしてみました。宮城県 五島たいら 県議予定候補のホームページから転載します。

タイトル日 時
ガソリンも生活物資も不足、明日から炊き出しボランティアを開始

 昨日はガス欠で車を置いて、バスと地下鉄乗り継ぎで動いたのですが、今日は、ガソリン補給のために、割り切って午前中、スタンドの行列に加わりました。3時間弱(それでも短いほう?)待って、2千円分(約13リッター)を給油しました。 それにしてもガソリン不足は深刻です。車を持っている人も、多くがガス欠で動けなくなっています。笑い話のようですが、山形に行けば何とかなると思って、車を飛ばしたものの、結局10リッターしか入れられなかったという人もいました。みやぎ生協は、県や仙台市と、災害時の生活物資提供を...

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2011/03/16 21:28
泉区北中山のがけ崩れで、女性が生き埋めに

泉区北中山のがけ崩れで、女性が生き埋めに  14日も朝から、南光台地域など、まだ行けてなかった地域を回りました。まだ電気が復旧していない地域もあり、被災状況や安否確認もできました。何しろ、電話も携帯もほとんど通じない状態、横の連絡が取れず、ガソリンも少なくなって移動も思うように行かない状態。これで一人で走り回っていても限界があるので、党員関係者で集まって連絡網をつくる必要があると思い、午後から集まれる人に集まってもらうことにしました。 その連絡をしながら、長命ヶ丘、北中山地域を回ったとき、北中山3丁目の崖が地震で崩れて、歩道を歩いて... ...続きを見る

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2011/03/16 09:13
東日本大震災、救命・救助活動と被災者の生活支援に、国の総力を

東日本大震災、救命・救助活動と被災者の生活支援に、国の総力を  地震の翌日の12日は、泉パークタウン内を一回りして、被災状況、ライフラインの復旧状況などを調査してまわりました。その後、県委員会事務所に行って、全県的な状況をつかむと同時に、13日に国会議員が宮城に入るとのことで、その日程等についても打合せ。それから、ガス欠状態になったので、2時間待ちでガソリン給油。その後、被害がひどかった若林の親戚の家を訪ね(不在だったが、無事な様子)、泉に戻りました。この日もわが家は電気、水、ガスとも止まったまま。娘とローソクをともして過ごしました。 13日も朝から泉... ...続きを見る

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2011/03/15 22:11
3・11地震直後、泉区の被災状況

3・11地震直後、泉区の被災状況  空前の規模の地震災害となりました。巨大地震による大津波の被災地は、いまようやく救助・捜索の手が及び始めたところです。どれだけの被害になるのか、想像を絶する状況です。 地震のとき、私は車で泉区実沢地域を走っていました。携帯電話が「ピピピ」と鳴って、「地震発生警報」。そのとたんに揺れが始まり、あわてて車を止めました。およそ3分から4分、激しく揺れる中で、ハンドルを握り締めたままで、「ついに宮城県沖地震だな」と考えていました。 揺れが収まってから、泉病院に寄ると、玄関ドアがはずれ、水道管が破... ...続きを見る

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2011/03/14 23:28

東日本大震災の被災地に思いをはせて(5)宮城県 横田有史 県議

東日本大震災の被災地に思いをはせて、被災地とその近隣地の日本共産党地方議員が作成しているホームページやブログにアクセスしてみました。宮城県 横田有史 県議のホームページから転載します。

2011年3月14日(月曜日)

目を覆う惨状!『空前の大災害・東日本大震災』

Filed under: - yushi-yokota @ 14時24分21秒

 3月11日(金)午後2時頃に発生した“大地震”。11日、12日は情報もなく、なすすべを知らないままに、滅茶苦茶に散乱した議会控え室の片付けに時間を費やす。昨13日午後に、紙智子・大門実紀史参議院議員が陸路、福島経由で来仙。状況を整理し、夕刻には知事質を訪ねて、激励と要望を交流。夕暮れが迫る中、福島市議の案内で、若林区六郷へ。小学校・中学校・農協に避難している多数の方々は、電気もない真っ暗闇の中で寒さに震えながら毛布にくるまってうずくまっている。行政対応に対する“怒りの声”も飛び交う。
今日は朝8時から“緊急車のマーク”をつけて東バイパスの回が川へ入る。一面のヘドロや大量の破壊物などが田畑や集落を覆う。まさに地獄のような惨憺たる形状だ。仙台港ではセントラル自動車の左ハンドルの車が滅茶苦茶に破壊されて大量に転がる。夢メッセや貿易センター等のビルの二階などにも自動車が無数に突き刺さり,向かいのガントりークレーンの脇には大きな貨物船が岸壁の上の建物を押しつぶしている。
 そんな中を一面に転がるキリンビールの樽やビン・カンを拾い集めている人がいる。地獄絵の様相に、復旧の困難さを実感した。海の億まで流されている人も含めた、まだ行方不明の1万数千名の人々の安否を祈るのみである。・・・・・・明日は県議会の最終日である。

東日本大震災の被災地に思いをはせて(4)宮城県 遠藤いく子 県議

東日本大震災の被災地に思いをはせて、被災地とその近隣地の日本共産党地方議員が作成しているホームページやブログにアクセスしてみました。宮城県 遠藤いく子 県議のホームページから転載します。

2011年3月14日(月曜日)

真っ暗な避難所,不安な心

カテゴリー: - endou @ 14時46分30秒

 昨日,人工呼吸器を使っている入所者が多い施設を訪問して,困っていることや緊急の要望を聞いて,その足で県の担当課にそのまま伝え必要な対応を求めました。所管の仙台市も毎日来ていると言うことでしたが,人工呼吸器のためには自家発電が欠かせません。その維持のための燃料が不足していることや備蓄食糧がもう底をつくこと,おむつが足りないこと,職員も施設から離れられず食べ物がないこと,職員の出勤のためのガソリン確保が難しいことなどです
 その後担当課から連絡が入り,リアルに対策本部に報告したと伝えられました。。ここ三日は人命救助最優先なので,この実態も踏まえて対策が始まります。
 昨日午後4時過ぎに知事と会いました。参院議員の紙さん・大門さんと市議の福島さん,そして横田・遠藤の党県議団。それまでだされた現状と要望を知事に手渡し,救命をはじめ全力をあげることをともに確認しました。
 暗くなる頃,避難所を訪問,真っ暗ななかで何か食べている人たちや,当時のことを語る人,まず照明をと求める人など,本当に騒然とした状況でした。後ろ髪を引かれる思いで辞しました。その後照明がついたと聞いて,良かったです。
 今朝は6時半に家を出て,昨日と同じメンバーーで,藤塚・三本塚などの被害を調査しました。種次では,流木や泥で田んぼが埋まり,車がごろごろ転がっていました。塩水と流木等に覆われた田んぼは数年間コメ作りが難しいと聞きました。六郷七郷は仙台一の美田なのに。
 東六郷小学校の一時孤立した避難所に行きましたが,遠くに見える防風林がスカスカになって,津波の破壊力はすさまじく,校門のそばの松の木に3メートルあたりまで津波が襲っていたことがわかります。昨日避難所で話してくださった方の声がよみがえりました。すさまじい数の遺体が発見されたと報道されています。手を合わせて祈りました。
 仙台港に向かいましたが,アウトレットの近く,アクセルなど県施設のそばは,トヨタの海外向け新車がひっくり返ったり逆立ちしていました。松の木に引っかかっている車は何十台という状況です。
 人命救助と救援が本当に必要です。まだ連絡がとれていない我が党の町議や市議もいます。
 給油しているガソリンスタンドには車が並び,一カ所100台以上,いや200台も並んでいます。ヘルパーさんがガソリンがなくて,介護にゆけないという話もありました。何もかも足りない,何もかも急がれる,明日は気温が下がると聞いて,とても心配です。

2011年3月13日(日曜日)

地震から24時間

カテゴリー: - endou @ 14時09分11秒

地震からまもなく24時間がたとうとしています。みなさん,けがはなかったでしょうか。まずは人命救助と安否の確認です。県庁にもたくさんの方が避難してきています。
 外に出たら,なんて暖かな日差し,陽の光を見上げたら,ふいに涙がこみ上げました。ダメダメ,頑張らなければ。今日は重症の障害者施設を訪ねて困っていることをきき,まずは県の担当課を通して災害対策本部に通して対応もらいました。昨日人工透析ができないとご相談があり県と仙台市に対応を求めました。毎日毎日,生きてゆかねばなりません。

 きりえさん,いまコメント読みました。おじさんの方は,今日夜に確認します。

東日本大震災の被災地に思いをはせて(3)盛岡市 高橋和夫 市議

東日本大震災の被災地に思いをはせて、被災地とその近隣地の日本共産党地方議員が作成しているホームページやブログにアクセスしてみました。盛岡市 高橋和夫 市議のホームページから転載します。

2011/03/17

3月16日(水) 午後の部つづき

 IGR銀河鉄道は、16日午後から盛岡~沼宮内間の運行を開始した。車のガソリンもなくなってきて「どうしよう?」と思っていた時だけに、とてもありがたい。利用者は口々に同じ思いを語っていた。 上り線は渋民~滝沢間、下り線は滝沢~渋民間が徐行運転で、上りは15分遅れた。 前日15日夕方、地域のSさんから「被災地が大変なようだ。県に行って募金と物資を届けてきた。現地にボランティアとして支援に入りたい。現地ではまだ食料など物資が届いていないところもあるようだ。通行許可書と往復の災害派遣燃料購入許可がほしい」というもの。 盛岡駅に着いたら、なんとなく暗い。道路照明とかネオンサインが消えている。バスもあまり走っていない。やむを得ず徒歩で県庁へ。 途中、盛岡地方裁判所の天然記念物「石割櫻」の側の水銀灯だけが点いていた。 県庁前の駐車場は、自衛隊の災害救援車などでいっぱいだった。 県庁ロビーは、被災者の氏名確認する人で混雑していた。一階ロビーに「救援ボランティアは募集しておりません」の張り紙。 市役所災害対策本部へ。 ボランティアの受付は市でもやっていない。 受け入れ側の社会福祉協議会や役所が機能していないため、当面は受け付けられないとのこと。 義援金は市役所会計課。 支援物資は市民税課。 ボランティア受付は障害福祉課又は市社会福祉協議会(現在受け付けていない)。 市役所のロビーですべて受け付けて、受け付けたものを内部で仕分けできないのだろうか? いかにも役所という感じがする。 村の時代は、職員の方が動いてくれたものだが、時代が変わったのか、住みにくい世の中になったものである。 だから、老人反抗期の私ががんばらねば! それにしても、県庁周辺には県外の医師らしい複数の人や救急車が来ており、自衛隊の災害救援部隊も多数来ていた。 この人たちは何で災害もない県庁にいるの? 現地に出向いて災害救助に当たるべきではないの? 不思議でならない。 それとも災害地に行くガソリンがないのだろうか? いずれ対応が悪い!。 衛生社の社長から頼まれた汲み取り用の軽油の要望は、ゴミ収集など「社会的に重要なものと位置づけ、市から県を通じて国に要望した」 との回答があった。   

2011/03/16

3月16日(水)

           IGR銀河鉄道 盛岡~沼宮内間 運転再開! 

 東日本大震災で運休していたIGR銀河鉄道は、本日16日 昼ごろから運転を再開するということです。 車両の関係で全部運転ではなく、とりあえず盛岡~沼宮内間の折り返し運転のようです。 JR花輪線は、20日ごろ運転再開予定ということです。詳しくは好摩駅に確認ください。

            「好摩駅東西自由通路開通式」 中

 4月17日(日)予定の「好摩駅東西自由通路開通式(渡り初め)」は、盛岡市議会議員選挙の公示日に当たるなど、諸般の事情により中止することになりました。詳細は後日報告します。

2011/03/15

3月15日(火)

 遅くなりましたが「東日本大震災」で犠牲になられた方々に心からお悔やみを申し上げます。 また、被災されました皆様に心よりのお見舞いを申し上げます。 私自身、安否確認や連絡などで、何が何だか分からなくなって、ただただ時間だけが過ぎてしまったように思います。 今回の地震のすごさは、名称が「東日本大震災」に決まるまで、東北地方太平洋沖地震とか、東北関東地震とか様々ありました。 それだけ人心が動転した激甚災害でした。  一方、この地震に関連した大きな問題は、福島原発の爆発です。すでに死亡者や負傷者が出ており、被曝された方も多数おられるようです。 何か情報が小出しにされているようで、真実がよくわかりません。 原発についてちょっと調べてみましたが、1987年(昭和62年)の日本共産党第18回党大会で原子力発電の危険性を明記しました。 そして翌年、論文「原発の危険に反対する運動の前進のために」を発表しています。1999年(平成11年)不破哲三共産党委員長(当時)が衆院本会議で「原子力行政の根本的転換を」と題して国民の安全に責任を負う三っの提案をしております。私の記憶が正しければ、① 原子力発電は安全性が確立されていないこと。 ② 地震国の日本には適さないことを主張して、原発をやめるように主張したと思っております。 不破哲三さんは、東大の物理を卒業していたと記憶しています。 私も高校時代、東海大学の原子力関係の学部に進学しようと思っていましたから、興味を持って聞いた記憶があります。 不破さんの心配そして共産党が党の方針として転換を求めてきましたが、その心配が現実のものになってしまいました。誠に残念です。 資源の少ない日本のエネルギー自給率はわずか4%にすぎません。 そうした中で、私たち日本人は、個々の努力も含めてエネルギー問題を考え直す必要があります。日本の条件にあった再生可能エネルギー(自然エネルギー ⇒ 風力、太陽光と熱、地熱、小水力、波力、家畜・林業などのバイオマスエネルギーなど)の事業化などで、雇用の創出や内需拡大にもつながります。 理想論と言われるかもしれませんが、一部輸入業者だけが利益を得るのではなく、国民みんなの安全と幸福につながる政治が必要です。特に若い人たちの行動に期待しています。 なぜなら将来は皆さんのものだからです。わたくしたち年配者は、努力はしましたが、国や大企業の宣伝に惑わされ、うまく利用されてきたように思います。 若い人にいい社会を作って引き継ぎするのが先輩としての役割ですが、申し訳ないことです。 原因は、自分の頭で考えないところに原因があったと思います。 若い人は自分のためにも賢い人間になってほしいと思います。 私もまだまだ頑張ります。 「老人反抗期、何クソ、人生これからだ~」

3月14日(月)

 朝6時、仙台のKさんから無事を伝える電話あり。自宅の1キロ手前まで津波が来たという。 無事で何よりである。 税金の申告をする。今年最高の混雑とか聞いた。 午後、共産党地区事務所で打ち合わせ。 議会予定は1週間休会とし、日程変更になった。 昨13日午後、電気が通電になってから、電話が通じないという苦情の連絡が多い。 NTTに連絡しても、「ただいま込み合っております。後ほどおかけ直しください。」の音声だけで、何度かけても連絡がつかない。 大方の作業員が災害地に行っていると思うのだが、担当者が電話にも出ず音声だけ流すのはいかがなものか。救急車も呼べないではないか!。 NTTは、できなければできないなりの事情を説明すべきである。 トイレの汲み取りの苦情も数件あった。 トイレの汲み取りをお願いしたくても電話が通じない!。 頼みに行こうにも衛生社の場所が分からない。 行こうとしてもガソリンが無い!という状況である。 どういうわけか今日は救急車の出動が多いようだ。

3月13日(日)

 赤旗日曜版配達。 動物公園開園式(欠席)。 24分団・26分団共催の「小型動力ポンプ積載車披露」中止。雑用しながら自宅待機。 午後2時、電気通電。 午後 8 時、携帯電話使用可能に。 電話もテレビも電気もない生活は大変だった。 被災者の方々を思えば贅沢である。

3月12日(土)

 昨夜は洋服を着たまま仮眠。 万一に備えて待機。 朝6時、県立中央病院から家内(民生委員)に電話あり。 担当している一人暮らしの N さんが、裸足で4号線を北上しているところを救急車に保護され、中央病院に搬送されたとのこと。民生委員が病院に来るようにとのこと。 市役所玉山総合事務所に寄り、担当者の車で中央病院へ。 私は戻って自宅待機。 10時から卷堀中学校卒業式。 学校側は安全を考え短時間で終了予定だったようだが、父兄の希望で正規の卒業式を行う。 式の途中で3回ほど余震があった。 校長式辞は「自立と協生」。社会人としての心構えをお話しされた。 自治会員の T さんから炊き出しの提案あり。 ありがたい話である。 早速お願いをして作っていただいた。 高齢者や一人暮らしなど心配なところに「 T さん提供」 と、配達。 初めてのことであり、大変喜ばれた。「お礼は T さんへ」と伝える。 家内の帰宅は午後6時を過ぎた。 N さんを福祉施設に仮入所。一安心。 家内は朝飯も食わずに出かけたが、昼飯はどうしたのか。 ゲッソリお痩せになりました。 民生委員の仕事も大変な仕事である。

3月11日(金)

 10時から「総務常任委員会」。控室で審議の様子を聞く。 午後、クリーンセンターで地震を感知。 プールで泳いでいた人たちが、職員の誘導で、水着で裸足のまま、外へ避難。 「寒い」なんて言っていられないほどみんな驚いていた。 帰宅して自宅待機。 家内は民生委員として一人暮らしや高齢者の家庭訪問と安否確認。 家内帰宅後、私が障害者など心配な人を訪問、激励。 芯式ストーブの手配や懐中電灯、携帯ラジオの貸し出しなどを行う。 自治会役員会、選対会議中止。 

東日本大震災の被災地に思いをはせて(2)盛岡市 庄子春治 市議

東日本大震災の被災地に思いをはせて、被災地とその近隣地の日本共産党地方議員が作成しているホームページやブログにアクセスしてみました。盛岡市 庄子春治 市議のホームページから転載します。

2011年3月16日 (水)

みんな被災者だ②

 昨晩向田氏の長男の遺体が戻ってきた。身長185㎝。長身の、そして眉の濃い、堀の深い美男の顔が、ゆがんでいた。どんなにか苦しかったことか。会社から勤続表彰を受け、中堅幹部として活躍しているさなか、どんなに無念だったかと思うと、あふれる涙をこらえることができなかった。

 少し、被災の時の様子が分かってきたという。地震が発生して、「逃げろ!」と声がかかった。同僚は、山の方へ向かったが、彼は反対の方へ向かってしまったというのだ。口をあけた怪物の、その口の中に自ら飛び込んでしまった。地理の不案内が、そのようにさせたのか。同僚は助かったということだから、なんとも無念でならない。

 葬儀等の相談をしている中で、「盛岡では18日まで火葬場が満員。その後は燃料がなく受け入れられない」と言う。となりの紫波町の火葬場では、被災者への対応として、通常の受付時間外で、午前8時と、午後4時に特別枠を設けて火葬してくれるという。

 その場から、被災者支援の観点から、盛岡市がこういう場合に支援する(委託もしくは援助)ことが緊急にできないかと、災害対策本部に電話で提案して検討を求めた。

 燃料不足は、火葬場だけではない。ゴミの収集もストップする。桜山参道界隈の商店街では、燃料がない、仕入れもできない、客も来ない存亡の危機だという。介護施設でも、燃料がなくサービスをストップしているところもある。市民生活も逼迫に向かっている。

 みんな被災者だ。この事態を受け、14日の議運で検討したの議会運営日程の変更については、さらに見直しが必要ではないかと、議運委員長に提案した。
 とにかく、非常事態への対応が必要だ。

 共産党関係では、心配されていた沿岸地方の党機関や議員の消息も確認しつつある。壊滅的な打撃を受けながら、必死の救援活動を続けている。
 救援募金運動を呼びかけて、取り組みを始めた。

2011年3月15日 (火)

みんな被災者だ

 恐れていたことがやってきた。連絡不通になっっていた、我が自主防災隊(見前ニュータウン自主防災隊)の向田副隊長のご子息の遺体が見つかったというのだ。宮古市におかれた安置所にこれから迎えに行くという。「この災害だから仕方がない」と言うものの、「37歳の人生に幕を引いた。順序が違う」という言葉に、父親の無念の気持ちが伝わってくる。

 テレビでは、市民が撮った、津波が襲ってくる映像が流れている。恐ろしさがよりリアルに伝わってくる。沿岸地方の惨状は、息をのむ思いだ。一刻も早く、ひとりでも多くの人命救助を!と願うのみだ。そして、被災者への救援の手が差し伸べられなければならない。

 盛岡市内の被害は比較的軽微だと思っていた。確かに現在ライフラインも復旧した。市内における被害も、沿岸地方のそれと比較すれば、さほどではなかった。2日間の停電も、断水も、許容範囲であろう。

 しかし、被害はそれだけではない。息子が、兄弟が、親戚が、恋人が、友人が、同僚が・・・・被害にあっているのだ。そして安否を心配し心を痛めているのだ。関係のない人はほとんどいないだろう。その意味ではみんな被災者だ。

ここをどう乗り越えるか・・
 そのために、行政が、議会が、市民が、何をなすべきか・・・・鋭く問われている。

 盛岡市は、他自治体の被災者の受け入れ体制をとり、500人の受け入れが可能だと発表したという。それは、決して「他の人を援助する」ということではない。まさに、我々盛岡市民そのものの問題だということではなかろうか。可能な限りの対応をしてもらいたい。

 議会も全面的に応援する体制をとらなければならない。

2011年3月14日 (月)

震災対応で、議会の日程も変更

 3月14日、午前9時から、市議会運営委員会が召集されました。東日本大地震の災害対応のため、議会日程を変更することが議題でした。
 3月11日に起きた東日本大地震で盛岡市では、建物の倒壊などの被害は少なかったものの、断水が一時3万世帯、停電が11日震災直後から、13日まで続いたことなどから、64施設に4,496人が避難したほか、沿岸被災地への支援、水道支援のための日本水道協会の基地としての役割を果たすなど、市の災害対策本部も不眠不休で活動してきました。
(写真下:市の災害対策本部・14日午前11時半ころ)
 ライフラインの復旧にしたがって、避難所も閉鎖しつつありますが14日朝8時現在で、20か所に576人が避難しているということです。

P10501541
 災害救助法に基づく県知事からの命令として、市に対して、①収容施設の供与 ②炊き出しその他による食品の給与及び飲料水の供給 ③被服、寝具その他生活必需品の給与または貸与・・・・その他の対応が求められています。市役所の玄関には、沿岸地方に送る物資が積まれていました。 
(写真下)

P10501521  さらに、被災地からの避難者の受け入れも始まっており、最大数千人規模になることも想定されるということです。
 未曾有の災害に対応して、市議会の運営については、今週予定されていた、常任委員会審査、本会議、予算委員会の日程をすべて休会とし、23日に本会議と予算委員会、24日に予算委員会、25日に各常任委員会を開催することにしました。
 この事態と議会運営について、18日午後から市議会全員協議会で議員全体のものにすることも確認しました。

2011年3月13日 (日)

すさまじい地震・津波の大惨事に言葉を失う

 どのような言葉で書きはじめたらよいのか・・・・見つからない。
 地震直後「これはただ事ではない!」と直感したが、まさかここまでとは。地震直後からの停電が今日(13日)昼頃に回復した。そして見たテレビの映像に絶句した。

 3月11日午後2時46分、その時は突然やってきた。市議会総務常任委員会が終わって、事務所に戻った。間もなく携帯にメールが入ったのだ。「緊急地震速報」だった。メールを読み終わるが早いか揺れだした。古い木造の事務所が倒れるのではないかと思わせるような激しい揺れだった。柱に捕まって耐えた。かつて経験した事のない長い、長い揺れだった。幸い建物にも被害もなく、おさまって外に出たら、近くの人もみんな出ていた。

 直ぐ目の前にあるスーパー(カーラたもり)では、落ちて割れたお酒で店内にアルコールのにおいが漂っていた。見前小学校、見前中学校を見て回ったが、児童・生徒は校庭に避難。大事はなさそうだ。子どもの家も、まだ児童が来る前であり、建物にも大きな損傷はなさそうだった。

P10501461
 総合支所に行ったが、まだ情報は分からない。
 南消防署には、さすが、21分団団長が詰めて各部に出動の指令を出していた。

 地元に戻って、自主防災隊の活動に参加した。すでに「要援護者」の一人暮らしの高齢者の安否確認が進んでいた。停電の暗くて不安な夜。そして停電で暖房が使えないという人もある中、集会所を避難場所にして、反射式石油ストーブを集め、食糧を調達し1人暮らしの方などに呼びかけていた。
 知らない人もいるのではないかと、ハンドマイクで団地内を広報して廻った。「怖くて、見前小学校に避難したら開いていなかった。見前中学校に行っても同じだった。諦めて帰ってきたら、広報が聞こえたので来ました」という方なども加わって10人が避難所で朝をむ迎えた。
 この避難場所は停電が続いた12日の夜も開設し、2夜続いた。

 12日には盛岡でも断水があったことから、給水場所を視察し、上下水道局に確認した。「このまま停電が続けば、さらに断水が世帯が増える」ということだったが、12日の午後から徐々に市内の電気も回復して、最悪の事態は免れた。

P10501481

 それにしても・・・マグニチュード8・8 いや 9・0の地震のエネルギーはすさまじく恐ろしい。仙台にいる息子は、11日16時過ぎに「被災した。帰れない」とのメールをよこしたまま。心配していたが、今朝になって「無事生還した」とメールが入ってほっとした。

 しかし、我が自主防災隊向田副隊長のご子息が、2日間連絡が取れないという。11日朝5時に仕事に向かった先が、山田町だというではないか。安否が気遣われる。

 菅原県委員長によれば、陸前高田市、大船渡市、釜石市、野田村の各議員などともまだ連絡が取れないという。なんとか無事でいてもらいたいと願うのみだ。

 

 

東日本大震災の被災地に思いをはせて(1)岩手県議 斉藤信 議員のホームページから

 東日本大震災の被災地に思いをはせて、被災地とその近隣地の日本共産党地方議員が作成しているホームページやブログにアクセスしてみました。写真も掲載されていますが、ここでは便宜上省略トしました。

[岩手県議 斉藤信 議員]

《2011年3月16日》
陸前高田市の大震災の状況を調査
想像を超える大津波、自主的な運営進める避難所


 3月16日、朝7時に党県員会を出発し被害の大きい陸前高田市の大震災調査に向かいました。これには陸前高田市出身の私の事務局長を務める中里隼一君と吉田まちこ県常任委員が同行。岩手に現地対策本部を設置した自治労連の柴田英二中央副執行委員長と高橋県本部副委員長、赤旗記者も自治労連が借り上げたレンタカーで一緒に出発しました。
 7時過ぎにも関わらずガソリンスタンド前で大渋滞しているところがあちこちで発生しています。灯油のタンクを持って並ぶ姿も。ガソリン・灯油不足は深刻。遠野市の荷沢峠を越えるまで県内は雪化粧、冬に逆戻りした寒さ。

ガレキの山の竹駒町、気仙川を逆流した大津波

 9時半ごろ、住田町から陸前高田市の竹駒町に入ると風景は一変しました。国道は辛うじて車が通れるようになっていましたが、道路の周りはガレキの山。気仙川の河口から5キロはあると思われる竹駒町まで逆流した津波の猛威を痛感させられました。少し高台にある保育園まで津波は襲っていました。

高田松原の松の高さを超える大津波
宮城県沖地震による津波の想定を大きく超える


 中里長門前市長宅に到着し、党現地対策本部と打ち合わせ。中心部にある党陸前高田市委員会の事務所もあとかたもなく流されています。中里前市長からは、市庁舎、消防本部が破壊され、270人の市職員のうち約80人が行方不明となっていること。防災担当者が被災し、教育委員会が壊滅的な状況。県立高田病院が4階まで浸水し米崎コミニュティーセンターで臨時診療所を開設して奮闘していると報告されました。市の災害対策本部の体制に限界があり補強が必要との提起もされました。津波の規模は高田松原の松の高さを超えるもので、宮城県沖地震による津波の想定を大きく上回る未曽有のものだった。避難所に指定していた市民会館が津波にのみ込まれた状況だったと報告されました。
 広田町の伊勢さんからは、避難所の状況が詳しく報告されました。

高田一中の避難所を訪問、「1人はみんなのために・みんなは1人のために」
助け合い、自主的に避難所を運営


 1250人の被災者が避難生活を送っている市立高田一中を最初に訪れました。事実上の責任者を務める校長先生から状況を聞きました。まず強調されたことは、「生徒や職員の安否、子どもたちの教育のことが心配だが、避難されてきた被災者の皆さんの安全を守るために全力をあげている」「被災者の皆さんが安心して暮らせるように、避難者自らの力で取り組めるよう自治組織を立ち上げている」とのことでした。大津波の当日には赤ちゃんにミルクをやれず泣きやまない子どものために住田町まで駆けつけて確保してきたことも話されました。また、子どもたちのためには4月からの先生の人事異動を凍結し対応を継続するよう沿岸の校長会議で求めているとのことでした。
 70代、80代のおばあさんに話を聞きました。「住民の避難のために頑張った若い人たちがなくなったことが残念だ」と何度も強調しました。80代の方は、「大東亜戦争の時には学徒動員で三菱造船に行き空襲を受けたが、今回の津波はその時よりも怖かった」と話し「生きているだけでごはんもみそ汁もおいしい」と語っていました。避難所では80歳以上の方には畳が支給されているとのことでした。奥さんと息子さんが行方不明だという男性にも話を聞きました。茫然とした表情で「食べ物があるだけで十分」と話していました。

米崎小学校の避難所に「子ども保育室」を設置
みんなで力を合わせ自主的に運営


 午後からは米崎小学校の避難所を訪ねました。党高田市議の大坪涼子さんも被災し避難所で懸命に頑張っていました。ここでは校舎の一室を「子ども保育室」として乳幼児を持つ家族の方々がおられました。家族と一緒の元気な子どもたちの声が印象的でした。体育館の避難所では責任者の方から話を聞きました。「トイレが足りない。夜間、校庭の反対側にあるトイレまで懐中電灯を持っていかなければならない」「ごみが処理できない」「被災した自宅等で盗難も発生している」などのことが話されました。

不眠不休で奮闘する高田病院の医師、職員
米崎で臨時診療所開設


 米崎コミニティ―センターに開設している県立高田病院の臨時診療所を訪ねました。忙しい中、石木幹人院長から話を聞きました。11日の津波の当日はわずか30分の間に、患者さんを4階に、屋上に避難させるために職員が一体で取り組んだこと。翌日の夕方にヘリコプターで救出されるまでほとんど立ちっぱなしで患者を守るために頑張ったこと。そして救出された米崎コミセンで早速14日から臨時診療所を開設。14日に70人、15日には130人、16日には午前中で140人を超える患者が来たとのこと。文字通り不眠不休での奮闘ぶりでした。院長先生をはじめ職員の方々は被災した時の白衣と服装で診療にあたっていました。石木院長はもう職員は限界。中央病院から派遣される医師に引き継ぎたい。医師、看護士、薬剤師等が全く足りないと強調されました。薬はやっと1週間分出せるようになったが市内の調剤薬局は壊滅し2名の薬剤師だけでは足りない。外来機能は何としても維持したいと強調されました。
 その後、老人保健施設のある松原園を訪れましたが、電気、水のライフラインが確保できず185人の入所者を関連の遠野市や大船渡市の施設に移動したとのことでした。電気、水が会付されれば人工透析は早く再開したい。「高齢者は環境が変わるとストレスが大きい」と述べ老人保健施設も9月頃までには再開したいと述べられました。

市災害対策本部で戸羽市長にお見舞い、激励する

 夕方、給食センターに設置されている市災害対策本部を訪問し、戸羽太市長にお見舞いを申し上げるとともに陣頭指揮にあたっている市町を激励しました。戸羽市長は、被災者、避難所の状況も把握されてきている。市職員自身が被災し市庁舎も崩壊した中で大変だが、職員は一所懸命奮闘している。ガソリン・灯油が不足している。避難所との連絡や物資の支給など危ぶまれる。電気の復旧。衣類・ミルク・紙おむつなどの生活用品、遺体の処理・火葬など課題がたくさんあると訴えられました。
 再び中里前市長宅に集まって一日の活動と状況を交流しました。ガソリンが不足する中で支援活動も大変な状況となっています。夕方には吹雪のような状況になり、避難所での寒さが本当に心配になりました。
 これまでに寄せられた要求と実態について、直ちに県や関係団体に届け、引き続き全力で救援・支援の活動に取り組みます。

《2011年3月13日》
東北地方太平洋沖地震 3月13日・陸前高田市現地レポート
燃料の確保、通信網の整備切実

 3月13日、往復分のガソリンを確保し盛岡市を出発しました。
 住田町に大坂府警のパトカーがあり、ガソリンスタンドは緊急車両用に制限されていました。
 市内に入り、横田小学校に自衛隊の拠点を確認。そこからすぐ近くの気仙川(河口から約10キロ地点)に津波で流されてきたと思われるタンクを確認しました。ニュース等で見るよりだいぶ奥まで津波が押し寄せ、がれきは竹駒保育園を超えたところまで確認できました。
 竹駒町から高田町の避難所方面へ通じる迂回路を通り、陸前高田市立第一中学校の体育館へ。その後、避難所となっている上和野公民館、希望の丘病院、高寿園を訪問しました。
 市内の火葬場に避難した60代の女性は「5分ぐらい大きな揺れで、避難場所の市民体育館に車で向かったが、すでに車でいっぱい。さらに奥を目指し車を走らせ、途中で車を乗り捨てて高台に走った。すぐそこまで波が迫っていた。逆に市民体育館に避難した人たちは波にのまれてしまった…」と話しました。奇跡的な生還です。防災無線で「大津波警報です!高台に逃げてください!」と連呼、昨年のチリ地震津波のときも迅速に避難したとのことでした。
 市立第一中学校の体育館では、NTTが設置した衛星電話と思われるものが1台のみ。長蛇の列ができていました。行くことができた他の避難所では電話設置されておらず、通信網の整備は切実だと痛感しました。
 避難所の方の話では、発電機用の燃料も切実とのこと。暖房をたくにも発電機の稼働が何よりで、特に体育館などの広い施設では暖房が多く必要と訴えていました。
 その後は車を米崎町に走らせました。親戚の家に避難していた漁業者の方は、「漁村はなくなってしまったが、残っている漁民のためにも、共済制度を最大限活用してもらって、生活資金の援助を」と話しました。盛岡の本所での対応が中心でなかなかこちらの声が届かないとのことでした。
 がれきの山を横目に見ながら、米崎中学校を過ぎたところまで移動。そこから見た脇ノ沢地区は壊滅状態でした。
 高台の市立第一中学校から壊滅状態となった市内を見つめる避難者も多く見られました。
 避難所では、家族や知人と再会し抱き合って涙を流す光景も見られました。
 避難所へは行かず実家で待機している一家からは、「ラジオ、電池、ろうそく、電灯、インスタントの味噌汁やカップラーメン、携帯が使える見込みはまだないが電池式の携帯充電器」などの物資の要望を受けました。
 市内に入ればまったく通信が途絶えるため、逆に情報が得られなくなる状況でもありました。
 自衛隊やさまざまな援助隊が現地入りしていますが、食料や燃料、通信設備などまだまだ不十分な状況です。


《2011年3月11、12日》
東北地方太平洋沖地震で大津波、沿岸で甚大な被害

 3月11日、午後2時46分、三陸沖でマグニチュード9.0(後で修正)という最大規模の地震が起き、三陸沿岸地域に大津波が襲いました。被災された皆さんに心からお見舞い申し上げます。全力をあげて被災者の救援と復興に取り組む決意です。
 地震が発生したのは県議会予算特別委員会の審査中でした。かつてない大きな、長時間にわたる地震で尋常ではないことが痛感され、議会は直ちに中断し、県当局が全力で災害対応できるようにしました。直後から県全域で停電となり、県庁は自家発電で対応しました。電話も携帯も不通となり、沿岸地方の議員はもとより全く連絡が取れない状況となりました。議会の控室でテレビの災害情報にくぎ付けとなり、県の災害対策本部を訪問・激励しながら状況の把握に努めました。
 日本共産党県委員会は直ちに菅原則勝県委員長を本部長、私を副本部長とする災害対策本部を設置し、菅原県委員長も事務所が停電の中、県議会の控室に駆けつけ情報収集に取り組みました。
 12日は、早朝から県議会に駆けつけ災害対策本部を訪問・激励し菅野総務部長から状況を聞きました。午前10時からは県委員会で党災害対策本部で打ち合わせ。沿岸の地方議員・地区委員会の連絡状況を把握したものの、ほとんど連絡が取れない状況。
 午後4時には高橋千鶴子衆議院議員が青森から陸路で盛岡に駆けつけました。宮舘壽喜副知事を訪問し、お見舞いを申し上げるとともに災害状況について聞きました。宮舘副知事は午前中に、政府調査団と自衛隊ヘリで上空から大船渡、陸前高田などを視察してきた様子を報告。とくに陸前高田の状況は壊滅的な被害だったと述べました。
 県の災害対策本部も訪問し、菅野総務部長、小山防災対策室長から状況と対応を聞き、激励しました。とくに食料、燃料、毛布などが不足している。沿岸市町村の役場地震が被災しており、災害と必要な対策の状況が把握されていない。自衛隊や緊急消防が派遣されており、そこから情報が入りつつあると述べました。また、全県で交通規制を行い緊急車両優先の体制を取っていると述べました。全国から30台のヘリも活動し救援救出に取り組んでいると報告されました。
 13日、早朝から災害対策本部を訪問し、激励しつつ状況を把握。11時から労組・民主団体と共同の対策本部会議を開きました。菅原県委員長がこの間の経過と対応について報告し、高橋千鶴子衆議院議員があいさつ。私から災害の状況と県の対応状況について報告し、各団体から状況報告を受けました。
 午後から、夕方にかけて陸前高田の藤倉泰治市会議員の消息を確認、被災者を訪問し安否の確認に取り組んでいると報告がありました。藤倉市議は夜一関市まで来て、「現地はガソリン、灯油がないこと。米も停電で炊けないこと」など直接直訴しに来たと連絡がありました。久慈地区委員会の橋上地区委員長は野田村の宇部武典村議の安否確認に出かけ安全を確認しました。宇部村議の自宅は胸までつかる津波の被害を受けたとのこと。宮古の田中尚市議とも連絡を取れ、落合市議、崎尾市議とも地震発生の時には市議会中で市庁舎に避難、津波の状況を目の当たりに見たとのこと。その後地元に戻り被災者を激励しているとのことです。
 午後7時現在、死者が500人を超えたとのこと。5万3000人が避難していると報告がありました。

2011年3月16日 (水)

東日本大震災で

相模原市内でも、家屋の一部損壊や庭の工作物の破損が発生しています。実態把握が急がれます。

藤井かつひこ 活動と主張 {パンフレット}

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こんにちは 藤井かつひこ です

 ブログを始めました。

 相模原市議会議員・日本共産党の藤井かつひこ です。南区で活動しております。

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